インタビュー
【 評伝 】
根っからの「仕事人」 計数に強いアイデアマン
2026年10月06日
エクシング相談役 安藤 正勝さん
エクシング(本社・兵庫県尼崎市)の相談役で、元社長、会長だった安藤正勝(あんどう・まさかつ)さんが9月15日、亡くなった。89歳だった。葬儀は18日、近親者のみで執り行った。喪主は妻・晴美(はるみ)さん。後日「お別れの会」を開催する。
1959年、慶応義塾大学を卒業後、父親が経営していた路線トラック会社日本急送(=マルアカニッキュー)に入社。だが、会社は労働争議の最中で、60年に関西ペイントの仕事を専業にする菱大運輸を設立し、自ら社長に就いた。この時24歳だった。厳父・正夫さんの「関西ペイントを守れ」の一言で決意した。
70年にはドライバー一人一人に「相棒」と呼んで担当車両を任せ、車両管理と貢献度を評価・表彰する「責任車制度」を導入。84年には運輸業を中核にしながらも脱・運輸業を図るべく粘着フィルム販売「ファンタックサービス」、物品販売「タウンサービス」と業態を広げた。
さらに86年にはいち早くCI(コーポレートアイデンティティー)の一環で「未知の世界に向け何ごとにも挑戦」との意味合いを含めた「エクシング」に社名変更した。
最後にお会いしたのは3年ほど前で本社2階の相談役室だった。「行政はドライバーの走りたい、稼ぎたいという労働意欲を分かっていない」と高速道路でのトラックの最高走行速度を時速90キロメートルに緩和すべきだと持論を展開。そして「運送業の経営の原点は労使が胸襟を開き、本音で話し合うこと」とも。
単刀直入だが、人懐っこい関西弁は相手を怒らせない。計数管理の経営に強く、運輸業を根っから愛した、仕事一筋の人だった。最大の無念は2009年、将来を託した長男の邦彦社長が、体調不良で自ら降板したことに違いない。
