インタビュー

【 新春特別インタビュー 】
「物語」を荷台に載せて 運ぶ誇り、人間臭さが魅力

2016年01月05日
直木賞作家 三浦 しをん さん
3K(きつい・汚い・危険)な上に給料も安いから「トラック業界は人気がない」というが、本当か。直木賞作家で、文楽や辞書編集など地味な職業にもスポットを当てて物語を紡いできた人気小説家三浦しをんさんは「トラックが大好き!」だ。「荷物を運び切ることに誇りを持って働いている人間臭さがドライバーの魅力」と語る三浦さんに、業界の魅力やアピール方法を聞いた。
――物流との関わりは。
三浦 小説家という仕事柄、資料や本が日々届く。校正のためのゲラを送ることも多い。何より書いた作品を書店、読者へ届けているのが物流。〝いつもお世話になっています〟と言いたい。
閉店時間に本が届いている
――トラックが本を運んでいる。
三浦 書店でアルバイトをしていた学生時代に初めて知った。それまで本がどのように運ばれているか、考えたこともなかった。
――届くのは夜。
三浦 閉店後にトラックが来て、シャッターと入り口の間に本を詰めた段ボールを綺麗に置き、返本を回収していく。真夜中に本を届けてくれるおかげで、開店時には本を並べておけるのだと分かり驚いた。
――当時からトラックに関心が。
三浦 眺めるのが大好き。高速道路を行くトラックは運搬中の荷物や仕向け地が車体に書いてあり、想像を膨らませる。車を運ぶキャリアカーや化学薬品用のトラックを見るのも楽しい。デコトラも好きだ。
働くクルマのカッコよさは
――作中で「働く車のかっこよさがわからんとは」と書いた。
三浦 子どもが重機に目を輝かすように私も格好良さにひかれるし、職務を遂行しているというけなげさも感じる。トラックの免許を取りたいと思う時期もあった。
――それはなぜ。
三浦 車窓を流れる風景が好きで、ドライバーになりたかった。オフィスに閉じこもらないで、自分一人の才覚で仕事を進められることにも憧れを抱いた。だが、教習所の教官に「あなたには免許を取ってほしくない」と言われ諦めた。
――ショッキングだった。
三浦 テレビでトラックをヒッチハイクする旅番組がある。ドライバーは、テレビを意識してというわけではなく自然に「困っている人を助けよう」「目的地までちゃんと届けよう」としている。仕事への誇り、人同士のつながりを感じる。
――ドライバーの素顔が見える。
三浦 そう。だから「次の運転手さんを探してやるよ」と電話するシーンがグッとくる。あと運転席の後ろの横になれるスペースも気になる。物流の世界は物語になりそうだ。
――ネタが豊富だ。
三浦 ロードムービーなんてどうか。フィクションの力はそれまで気づいていなかったものを、物語で定義すること。自分以外の人生を歩むことができるのも魅力。本は人と世界をつなぐ。物流も人と人、人と会社をつなぐ存在だ。
間口を広げて魅力伝えよう
――一方で、若者には不人気だ。
三浦 魅力が伝わりにくいのは確か。毎日目にはしていても、接点が少ないことが間口を狭くしている。もっとトラック事業者と一般の人が触れ合う機会をつくってはどうか。
――例えば。
三浦 いろんなトラックやドライバーらを一堂に集め、「祭」を開いてはどうだろう。仕事内容も展示し、プロドライバーの活躍を紹介する。子どもたちは特に喜ぶ。私もマグロになった気分で荷台に寝そべってみたい。
――運転技術を競う大会では「全国トラックドライバー・コンテスト」がある。
三浦 ぜひ見てみたい。屋台も出して、お祭りのような雰囲気になればもっといいのに。ドライバーも一般の人とじかに触れ合えれば、より働く意欲が高まる。読者から「あの作品が良かった」と言われるのが、作家にとって一番嬉しいのと同じだ。
――広くアピールする。
三浦 ファンを増やすためには、スマートフォン(高機能携帯電話)でできるゲームアプリなんてものもいいかもしれない。配達時間と届け先を決め、いかにうまく配達できるかでスコアを稼ぐ。何時に集荷に行き、幹線輸送は何時に出発させるか。
仕事の魅力は自ら見いだせ
――職業への入り口が広がる。
三浦 荷物を上手にトラックに積もうと夢中になっているうち、知らない間に物流に詳しくなっている。興味を持つ人が増えることで、性に合った人が集まる確率も上がる。仕事は性に合うか合わないかが重要。
――なぜ小説家に。
三浦 私は、もともと編集者志望。小説家になったのは予想外のことだった。だが、書き続けるなかで、「まだここが良くなるのではないか」とか「こういった工夫ができるのではないか」といった意欲が湧いてくる。そうした創意工夫ができることが性に合う、ということだろう。
――作家も大変な職業だ。
三浦 楽をして稼げることなどない。すぐに投げ出してしまうような人はどこに行っても働けない。辛抱強く、働く楽しさをつくりだしていくことが必要だし、同時に、責任の重い仕事には相応の対価が求められる。
――責任と対価は一体で。
三浦 小説家の場合も、事前の交渉がなく、書き終えてみたら思うような原稿料ではないということがある。運送業と同じように、注文を受ける側の立場は弱い。それに付け込むような荷主とは〝交渉すべし〟と、憤りを覚える。絶対に適正な料金が欠かせない。
――ドライバー職が一時ほど稼げなくなったことも、集まりが悪い一因。
三浦 「港々に女がいる」ではないが、働いて楽しく遊ぶことは基本。そのためにはお金が要るが、現状、ドライバーは羽振りよく遊べるだけのお金も無いと聞く。もっと稼げればさらに生き生きとできるのでは。もちろん、家族と過ごす時間も大事だ。
――元気のよいトラックを見続けたい。
三浦 日本の国土にはトラック輸送がふさわしい。手元に届けるのがトラックというのは変わらないだろう。これからも観察したい。私の紡ぐ物語も、読者に届け続けてほしい。
記者席 いつか小説で
「物流には詳しくない」と謙遜していたが、インタビューでは〝トラック愛〟が爆発。さまざまな角度から魅力を語ってくれた。
連結したトレーラーとトラクターにそれぞれ違うナンバープレートが着いていることを発見した驚きや、ラッピングトラックのラッピング部分が天地逆だったのが気になって仕方がなかった話など、ちょっぴり玄人はだしの身近なエピソードも披露。あっという間の1
時間半だった。
三浦さんの取り上げる職業には一見地味で大変なものが多い。だが、描かれた人物や職業が魅力的なのは、執筆対象への愛に裏付けられているからだ。『神去なあなあ日常』を読めば「林業も悪くないな」と思うし、『舟を編む』を読めば「辞書編集楽しそうだ」と思う。
「トラックも物語も、人と人とをつなぐのは同じ」と三浦さん。いつか三浦さんの書くトラックの物語を読みたいと思う。
(略歴)
三浦 しをんさん(みうら・しをん) 昭和51年9月23日生まれ、39歳。東京都出身。小説家。早大文卒。平成12年『格闘するものに〇』(草思社)でデビュー。18年『まほろ駅前多田便利軒』(文芸春秋)で直木賞受賞。まほろ駅前シリーズをはじめ映画化作品も多数。近著に『「罪と罰」を読まない』(文芸春秋・岸本佐知子、吉田篤弘、吉田浩美と共著)がある。(佐藤 周)