インタビュー

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【 評伝 】

温厚、気配りの「民さん」 トナミ近代化路線を指揮

2026年09月01日

元トナミ運輸社長 綿貫 民輔さん

 トナミ運輸(本社・富山県高岡市)の創業家出身で、衆院議長や自民党幹事長など多くの要職を歴任した綿貫民輔さんが8月18日、老衰のため死去した。99歳だった。国政の場での活躍は限りないが、若くしてトナミ運輸社長に就き、富山県トラック協会長を務めるなど、業界関係者からも「民(たみ)さん」と親しみを込めて呼ばれた。
 1927年、富山県の旧家に生まれ育った。慶応大を卒業後、鐘淵紡績を経て53年に家業の砺波運輸(現・トナミ運輸)に入社、55年に28歳で社長に就いた。就任後、矢継ぎ早に大胆な改革策を打ち出し、61年11月、東京・大阪証券取引所市場第2部上場を果たした。58年には富ト協の6代目会長に就き、以降、91年5月まで30年超にわたって務めた。この間、地元業界のトップとして、2度にわたる石油危機を乗り越えるなど家業と同じく、苦境突破や近代化路線を陣頭指揮した。

「心の強さ」で国政進出

 富山県議を経て国政に進出したのは69年のことだ。以来、当選13回を重ね、建設大臣(現・国土交通大臣)や自民党幹事長、衆院議長など要職を歴任。2009年に政界を引退し、翌10年には桐花大綬章を受章した。
 いとこで、トナミ運輸の社長を30年間務めた南義弘さん(2021年没、98歳)の話が言い得て妙で、「民輔は若い頃から政治家志望で、温厚だが心も強かった。政界で思う存分働けたのも(私が)トナミの経営に乗り出したからだ」と周囲を笑わせた。
 最後にお会いし政界引退後の「近況」を聞いたのは今から10年ほど前だった。「郵政民営化では純ちゃん(小泉純一郎元首相)が憎くて反対したわけではない」と振り返りながらも「(私も)年を重ねてきたが頑張っている。ぜひ、ペンでトラック業界を盛り上げていってほしいね」と変わらぬ温厚さと気配りで記者を励ましてくれた。
 郵政民営化から20年余が過ぎた今、トナミグループは「JPトナミグループ」として新たな道を歩み出しているが、今日の経営体制は奇縁という他ない。ただ、最大の無念はトナミグループのその後の拡大路線を軌道に乗せた長男・勝介氏(22年没、63歳)の早世だったに違いない。