インタビュー

メインビジュアル

【 トラック特集2025インタビュー① 】

「物流」主題に大ヒット 現場で多くの担い手に出会い

2025年03月25日

映画『ラストマイル』
塚原 あゆ子 監督

インターネット通販物流を切り口に社会のひずみを描いた映画「ラストマイル」。製作に携わった塚原あゆ子監督は、これまでに製作した作品と連携させる手法によって映画に興味を持たせやすくするとともに、実際に物流に携わる人から仕組みを学び舞台装置も借り受けるなどして、リアリティーのある作品に仕上げ、半年も上映される大ヒットにつながった。同作品の製作の舞台裏や表現したかったことの他、宅配ドライバーを通じて見えた物流についても聞いた。

―ドラマと映画両方の製作経験を持つが、今回、映画を選択した。

塚原 2時間放送のテレビのスペシャルドラマの場合、視聴者からの反応が何日も継続することが少ない。一方、映画の場合は鑑賞者からの口コミによって次々にまだ見ていない人に伝わり、余波が広がりやすい。「ラストマイル」は半年ほど上映でき、本当に鑑賞したかった人にも(単発のドラマと違い期間中何度も機会があるため)見てもらえたと思う。

―物流をテーマにした映画は難しかったのではないか。

塚原 映画にする上でサスペンス、ホラー、ラブストーリーといったジャンル分けがしづらく、物流に関する群像劇という、これまで存在しないジャンルとなった。

―世の中的に認知度の決して高くない物流の映画で、結果的に興行収入約60億円の大ヒットにつなげた。

塚原 複数の作品の登場人物や場面を別の作品でも使用する「シェアード・ユニバース」という手法を活用した。「ラストマイル」と同様、私が監督、野木亜紀子さんが脚本家として携わったドラマ2作品の登場人物を出演させた。通販で注文した荷物が爆発した事件を捜査する場面では「MIU404(ミウヨンマルヨン)」の刑事たちが登場した。爆発に巻き込まれた被害者を検視する場面では「アンナチュラル」の法医学解剖医たちが出演した。

―物流に直接の興味がない人にも興味を持ってもらえた。

塚原 過去に視聴したことがあるドラマでなじみの登場人物がいれば、鑑賞したいと思ってくれる人がより増えるのではないか。また、登場人物をきっかけにして映画を鑑賞することで、物流についても知ってもらえればいいと考えた。

―物流を知らない人にも、事実を正確に伝えようと努めた。

塚原 物流センターやトラックを卸・運送会社から借り受けた。物流センターを貸してくれた卸の社長には、各シーンで使用すべきトラック、物流の仕組みを教えてもらった。おかげで製作スタッフも出演者も製作前に物流の仕組みを理解することができた。協力がなければ映画化は容易ではなかった。現場を見聞きさせてもらうことで、物流に携わるそれぞれの人がどのような役割を担っているのか、映画で可視化しやすかった。

―現場で聞こえる音の表現にもこだわった。

塚原 トラックのエンジン音やベルトコンベヤーの稼働音など全部の音を、音響スタッフは録音していた。こだわりを持つスタッフがより一層臨場感のある作品に仕上げてくれた。

「送料無料」表示に疑問

―コロナ禍でネット通販の利用が増加したことが製作のきっかけ。

塚原 私自身、コロナ禍の前にはネット通販をほとんど利用していなかった。新型コロナウイルスの感染拡大当初、国の要請で外出を自粛するようになった中で、注文ボタンを〝ポチる〟操作が簡単過ぎて、利用する機会が急増した。半面、運ぶ物量が急増しても配送ドライバーがすぐに増加するとは考えにくく、維持できるのかと心配になった。それで物流が気になり始めた。

―利用する中で「送料無料」表示も気になった。

塚原 コロナ禍前は、百貨店のお中元配送や、一部スーパーでの購入後の商品を宅配するサービスなどで、実際の店舗で送料が記載された札を目にしていた。だが、通販では送料無料表示を何度も見掛けた。宣伝をするにしても、通販会社が送料を負担している場合にはなぜ「送料弊社負担」と表記しないのか。送料の金額も明確に記載すべきだろう。

―無料という表現は良くない。

塚原 送料無料は、商品を消費者の元に届けるドライバーが無料で働かされているかのように思えてしまう。仕事の軽視につながらないのかと疑問に感じた。送料は必ず発生するが、送料無料は送料が存在しないという言い方。存在するはずのものが存在しないという表現は怖い。

複雑な仕組み丁寧に伝え

―通販物流の仕組みは複雑で、しかも消費者に見えにくい。

塚原 通販で注文する商品には、消費者に届くまでに、製造から注文対応、運送といった流れがある。通販会社がそれら全てを手掛けることで、ビジネスが成立しているわけではない。だが(実態が見えにくいために)そう思い込んでいる消費者がいるかもしれない。

―映画では丁寧に伝えた。

塚原 鑑賞した人が理解できるような表現になるように努めた。満島ひかりさん演じる舟渡エレナが勤務しているのは通販会社。通販会社が保管し販売している商品を、阿部サダヲさん(役名・八木竜平)が現場の管理者を務める運送会社・羊急便の配送センターに輸送し、火野正平さんと宇野祥平さんが演じる個人の委託ドライバーの佐野昭・亘親子が軽貨物車で消費者に届けた。その流れを盛り込んだ。

―流れ全てに、ひずみが存在していることを知ってもらいたかった。

塚原 通販会社の海外本社や日本支社の様子も描くことで、下請けの運送会社やドライバーだけでなく、通販ビジネスに関わる全ての関係者がひずみの影響を受けていることを表現した。消費者が通販を利用する機会が増加した結果、物流にさまざまなことを求めるようになったことが発端にあるとみており、映画でもそのことを示した。

撮影通じ新たな興味が湧き

―撮影を通じ、送料無料表示以外にも疑問が湧いた。

塚原 そう。例えばこの映画には、医薬品を運ぶ「メディカル便」というサービスが登場する。その場面を描くために物流現場を見学させてもらった中で、温度管理が必要な医薬品を保管する冷蔵庫や配送するトラックはどれか、倉庫のレイアウトはどうなっているのかなど、新たに気になったことが多くある。

―撮影の合間に港周辺で海上コンテナ輸送車が待機する様子も見た。

塚原 東京都江東区辰巳に朝焼けの場面を撮影しに行った時のことで、とても印象に残った。何台もの海コン車が待機している様子を見掛け、スタッフ同士でなぜ待機しなければならないのか話していた。私たちが撮影しようとしている「ラストマイル」の一端と、物流に関して知らなかった日常が同時に存在していることを目の当たりにした瞬間だった。

24年問題の内容の明文化を

―撮影の現場には物流が付き物だ。

塚原 映画やドラマのロケに行く時、約10台の美術トラックが私たちと行動を共にする。その意味では(通販以外の場面でも)普段から物流を身近に感じている。

―「ラストマイル」の製作経験から、物流業界や「物流2024年問題」を消費者にどう伝えるとよいか、ヒントを。

塚原 24年問題がどのようなものか知らない人は多くいると思う。私自身まだ理解が不十分だと認識している。一方、映画を通じてラストマイルという言葉を知ってくれた人もいる。業界が24年問題の内容を明文化できれば、消費者に意識してもらえる。そうなれば問題を知ってもらうスタート地点には立ったと言えるのではないか。

記者席 効率化で尊厳奪わないで

物流の現場でも、AIによる管理やロボットによる庫内作業の自動化など業務の効率化が進んでいる半面、インターネット通販物流の中には「効率化を重視し過ぎて、働く人のやる気を奪っていないか不安を感じる」と塚原監督。
重労働など特定の人・仕事に偏っていた負担の解消や軽減に最先端技術を活用することは良いことだとする一方、「人間が行っている仕事が本来持つ尊厳や面白さがなくなってしまうケースもあるのではないか」。
映画で登場する宅配軽貨物ドライバーの佐野親子は、巨大な情報プラットフォーム(基盤)によって成り立つネット通販ビジネスの下で、効率化の恩恵よりはむしろ、ひずみやしわ寄せを受けている。「彼ら自身が『自分たちが物流を回している』という矜持(きょうじ)を持てれば、きっと生きている意味を実感でき、人生がより豊かになるのではないか」