インタビュー

【 特別インタビュー・物流危機はこう乗り切れ 】
世の〝良識〟に事実訴えよ サービス持続へ相応の対価を

2017年03月21日
作家 佐藤 優 氏
1月に米トランプ大統領が就任。世界情勢への影響が気掛かりだが、「今後2年間は日本経済に抜本的影響を与える変化はない」と作家の佐藤優氏。むしろ物流業界が向き合うべきは「質の高さで世界に冠たる物流」(佐藤氏)を提供しているのに、コストダウンのしわ寄せを受け疲弊しつつある現場を改善することだという。「世の良識に事実を伝えることで、持続可能な形で業界を発展させてほしい」
○トランプより国内
――トランプ大統領が就任した。
佐藤 国際社会の旧来のルールを変え、政治・経済両面に影響を与える。ただ今後2年間、トランプ政権から大きな戦略は出てこない。雇用の確保、移民制限、TPP(環太平洋経済連携協定)離脱と2国間交渉の推進といった国家機能の強化に注力するからだ。トランプ大統領は、オバマ前大統領が就任2年後の中間選挙で負け、権力を失ったことに学んだ。いま考えているのは中間選挙に勝つことだけだ。
――物流はどうなる。
佐藤 環境の急激な変化は起きない。メキシコへの企業進出をやめさせるというが、米企業が出ていくのは良質で安価な労働力があるから。無理やり米国に工場を移しても、賃金もコストも上昇し需要は落ち込んで経済にプラスにならない。物流にとっては、メキシコでの需要が米国で増えて相殺されるだけ。ただ物流の障害となる関税は、TPP加盟を想定していたよりはるかに長く残ることになる。TPPから豪州などとの2国間交渉に変化しても、農業の競争力向上が欠かせないことに変わりはない。
○世界に冠たる品質
――むしろ海外より国内で問題を抱えている。
佐藤 最近のヤマト運輸を巡る報道でもあるように、宅配便が扱う小口貨物の利便性が極点に達し、コストダウンがギリギリのところまで来ている。このままだと本当に疲弊してしまう。もう一つ、長距離トラックのドライバーが確保できず、高齢化が進んでいる。距離に応じて鉄道とのすみ分けを図る解決策があり得るが、日本政府に明確なグランドデザインはない。業界全体で試行錯誤し実現していくしかない。
――良質なサービスに対し十分な対価が支払われていない。
佐藤 その通りだ。日本の物流、ドライバーの質は非常に高く世界に冠たるものだ。この質の高さは「すぐに届く」ということではなく、「商品が傷まない」「個々の配達ドライバーのマナーの良さ」であって、諸外国と比較にならないほど信頼度が高い。持続可能なものには一定のコストがかかることを、消費者に伝えていかなくてはいけない。
――アマゾンジャパンでは配達が時間帯指定に間に合わなかった場合、ペナルティーとして支払運賃がタダになるという。
佐藤 本当だとしたらめちゃくちゃな話。専門紙が声を上げるべきだ。われわれ有識者の課題でもある。消費者はこういうひどい状況を知らないだけだ。消費者も普通の人間。無茶は言わない。「時間に間に合わせようとして事故を起こしたら困るから、良識の範囲内で対応して」となる。世の中には良識がある。そこに訴えていくことが必要だ。
○最適な利益分配率
――適正な対価をどう求めればいいのか。
佐藤 理論の組み立てとアピールが重要。いまの主流派経済学では物流は一種のサービスで生産労働ではないが、マルクスの『資本論』では物流は「価値生産労働」。本当は生産の一部を担っている。またどの業界にも、存続するために最適な利益分配率の均衡点がある。例えば出版では、著者の印税が10%、書店の利益が20%、取次が8%ほどで、残りが出版社。これは出版業の持続可能な形として極めて良い均衡点だ。
現場に無理させないトップが経営判断を
――物流ではどうか。
佐藤 一般に中間管理職の人たちは、数字を超過達成することが自身の評価につながるから、つい部下を厳しく統制してしまう。そこで経営トップ、あるいは事業本部制を採用していれば本部長クラスの人が経営判断する。人道的な観点とは別に、企業の中長期的な生き残り戦略の中で無理な働き方をさせない。安全の確保に関しては、厳しい基準を設ける。通常の努力をすれば、家族と暮らしていける最低限の収入と休息を確保する。一見逆説的だが、労働組合を結成させた方が良い。
――というと。
佐藤 激しい賃金交渉は伴うが、会社をつぶすとまずいことは皆理解しているので、適切な均衡点が決まる。現場の方で管理職が無理強いをしても労組がしっかりしていれば現場が反発し、うまく折り合いがつく。経営側が労組の効用を分かっていると、会社が長生きできるのではないか。
――働く側にとっては将来設計も大切。
佐藤 企業がスキルアップやキャリアパスを提示できるかどうかも問われる。20代でドライバーとして入社した場合に、60代まで40年間同じ仕事をするのが見えてしまうと面白くないと感じる人もいるはず。ドライバーとして働きノウハウを身につけながら、管理職を目指すという道もあるかもしれない。
○人間と機械の境界
――ドライバー不足に対する処方箋は。
佐藤 物流事業者も気付いているが、AI(人工知能)の発展や完全自動運転の実現だ。人間の領域、機械の領域を区分し、将来の役割分担を見積もった採用計画を想定するべきだ。いま人手不足だからと、雇用を増やすと自動運転の普及とともに、ドライバーが余り大規模リストラを迫られるかもしれない。20代後半なら、あと30年は働けるわけだから。仕分け作業はAI化により人力の要素がほとんどなくなってくる。
――人間は機械に置き換わるのか。
佐藤 機械に任せられる部分を人がやっている業界は非効率になって負ける。一方で、多くの人が自動運転やAIが人間に代替すると勘違いしているが、あくまで技術は道具。丁寧に荷物を渡すだとか、機械に任せてしまうと勝てなくなる部分が多分ある。両者の境目は理屈では捉えきれない。町の不動産屋や開業医が生き残っているように、インターネットでの仲介やコンピューター診断が可能になっても置き換わらない部分がある。一生に1度のマンション購入の場面では、不動産屋が独自に集めデータ化され得ない情報が重要になる。
記者席 目に見えないもの
人間の仕事はどこまで機械に置き換わるのか。記者の質問に対し、佐藤氏は「理屈では捉え切れない〝非合理なもの〟が必ず残る」と応じた。人間の本質は誰にも分からないから、「非合理なもの、目に見えないものを感じ取っていくことが必要になる」。物流でいえば、疲労や危険の察知もそれに当たるという。
先月新潮社から発売された村上春樹著の『騎士団長殺し』を「物流事業者もぜひ読んでほしい」。見えないが確実に存在するものとどう付き合うかが同書のテーマ。「実はAI化の進展により(かえって浮かび上がってくる)見えないけれど確実に存在するものというのは、愛や信頼をはじめ人間的なものと関係している」。
佐藤氏の物流を語る言葉はいつの間にか、出版や町の不動産屋、目に見えないものの話へと広がる。知識が縦横無尽につながる様子を目の当たりにした。
(略歴)
さとう・まさる=作家、元外務省分析官。昭和35年生まれ、東京都出身。60年同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。ロシア情報収集・分析のエキスパートとして活躍。著書に『国家の罠』(新潮社)、『自壊する帝国』(新潮社)、『日米開戦の真実』(小学館)など多数。(鈴木 洋平)