インタビュー

【 社長インタビュー 】
食品3PLを拡大 流通の変化に対応

2016年10月18日
服島運輸 服島 龍男 社長
メーカー、卸のニーズに応え存在感を増している服島運輸(本社・鳥取県米子市、服島龍男社長)。山陰での倉庫需要の高まりを捉え、強みの食品3PL事業のさらなる拡大を目指す。一方、同業他社との提携を主導し、地域に安定的な物流サービスを提供。物流品質の向上のため、利益体質への改善にも取り組む。
――事業の主力は。
服島 食品の取り扱いがメーン。複数メーカーの商材を積み合わせる共同配送が中心になる。創業(昭和35年)当初は木材、鉄鋼関連の取り扱いが多かったが、48年のオイルショックを機に、景気変動の影響を受けにくい食品を増やしていった。共同配送では約120社のメーカーと取引している。
――業績は。
服島 平成28年6月期の売上高は18億7600万円。前期比微増にとどまったが、見込みはある。山陰ではこの4~5年で食品関連の保管需要が高まっており、倉庫の集約を進めてきたメーカーと卸が、経済規模の小さい山陰に在庫を抱えることへのリスクを見直し始めている。
背景に小売りの出店加速が
――山陰で倉庫需要が高まっている。
服島 背景には小売りの出店加速がある。メーカーと卸に、広島や岡山の集約型センターではなく、山陰に新たに在庫を持つ方が良いとの考えが出てきた。その方が流通の主導権を握る小売りのニーズに合う。近年は物量の波動が激しく振れ、瞬間的な車両手配も厳しくなってきている。当社なら、こうした流通の変化に対応できる。
――具体例は。
服島 あるドラッグストアは山陰の店舗向け輸送を岡山の配送センターから行っていたが、冬季は降雪で山越え輸送が寸断されるケースが多い。店舗数の増加ペースに物流が追い付かなくなった。困った卸から当社に相談が舞い込み、ちょうど空いていた倉庫を賃貸し、3PL事業の拡大につながった。
――保管能力は。
服島 本社に4棟の倉庫があり、延べ床面積は計1万㎡近くある。メーカー、卸の商材を扱い、山陰の小売店舗まで配送する仕組みを構築している。集荷から仕分け、納品までの3PLで実績を積んできた。山陰は運送会社数が限られ、当社を頼ってくる顧客は少なくない。
――輸送能力は。
服島 トラックは大小合わせて70台ほどだが、協力会社とのネットワークがあり、車両手配にも自信がある。東西に350㎞と細長い山陰で安定的な輸配送を提供するには、同業他社との提携が欠かせない。近年は、島根県西部の輸配送で犬猿の仲といわれた隠岐島の事業者とも手を組んだ。
大手に負けない体制づくり
――低温ニーズへの対応は。
服島 低温を得意とする事業者との提携で対応する。当社が手薄なエリア、あるいは低温物流などで地場の事業者と手を組み、収益増へつなげていく。大手に負けないネットワークづくりが成長に欠かせないと考える。
――人材不足は。
服島 山陰でも顕著になってきた。ドライバーだけでなく、庫内作業員の確保も難しい。人件費はこの2~3年でうなぎのぼり。半面、物流品質の要は優秀な人材の確保にあり、そのために不採算な取引を見直す必要が出てきた。長年にわたり取引条件の改善をお願いしてきた大口荷主との取引も断念せざるを得なくなった。年間売上高が4億円ほどの荷主だが、会社と社員を守るための決断だ。売り上げ重視のやり方では、経営が難しくなっている。
記者席 海の向こうの話
リーマン・ショック直後の社長就任。「海の向こうの話」と意に介さなかったが、間もなく苦境に。大阪で排ガス規制対応車をまとめて代替えしたが、運ぶ荷物がない。善後策に知恵を絞った。
世界的な金融危機は思いがけない副作用ももたらした。「『若社長がまた訳の分からないことを言っている』とはならなかった」。セオリーが通用しなくなり、社員が聞く耳を持ってくれたと振り返る。
8年前、父・勇氏(現会長)から正式に社長就任を伝えられた。「考えてみれば、(社長就任の)タイミングは絶妙だったのでは」
トラックだけでなく倉庫もある。顧客との取引実績は豊富。「(この会社には)まだ先がある。これからも社員と共に頑張りたい」
(略歴)
ふくしま・たつお=昭和42年2月22日生まれ、49歳。鳥取県出身。60年米子北高卒、服島運輸入社、平成10年取締役、12年常務、16年専務、20年社長。(丸山 隆彦)