インタビュー

【 インタビュー 】
物価上昇2%は大間違い 為替、燃料税こそ問題

2016年03月22日
早稲田大学ファイナンス総合研究所 野口 悠紀雄 顧問
来年4月の消費増税が関心を集めている。物流も関係するが、「業界が目を向けるべき問題は為替レート、燃料関係諸税」と早稲田大学ファイナンス総合研究所の野口悠紀雄顧問。一方で、業界は労働力不足の問題も抱える。課題を長期的に展望し新たな技術や仕組みを取り入れなければ、外部から業界に革新をもたらす「破壊者」が現れると警告する。
――来年4月に予定される消費税率の引き上げをどう考える。
野口 政府が掲げる平成32年度のプライマリーバランスの黒字化は、消費増税をするか否かで実現できるものではない。消費税率10%を前提に高い経済成長率を見込んでも、黒字化目標は達成できないとの試算がある。増税の延期はさらに目標達成を難しくするだけだ。
原油下落の恩恵少なく
――つまり消費増税では財政再建できない。
野口 消費税で財政を立て直そうとすれば、税率を30%に引き上げなければならない。むしろ考えるべきは増え続ける社会保障費への対応で、消費税は全体で見ると大きな問題ではない。また金利動向も重要になる。いまは低金利で財政負担は軽く済んでいるが、将来も続くか分からない。物流業界は別の問題に目を向けるべきだろう。
――別の問題とは。
野口 原油価格の下落は、日本経済にプラス影響を与えている。原油安により低下した輸入価格の総額は、消費増税の総額より大きい。それにもかかわらず、実際の燃料価格は(原油価格の下落ほど)下がっていない。プラス影響を経済活動に反映させる必要がある。
――なぜ原油価格ほど燃料は値下がりしない。
野口 為替レートが影響している。この数年で急速に円安が進み、原油がドル表示で下がっても軽油価格に恩恵が及んでいない。軽油引取税などの税制により、価格が下がりにくい構造もある。物流業界は補助金を求めるのではなく、こうした問題に声を上げ、政策に影響を与える行動を取るべきだ。
トリクルダウン期待薄
――再度の消費増税で荷量減少を懸念する事業者は多い。
野口 荷量が消費増税で落ちたとは、必ずしも言えない。増税前の(消費の)動きがどうだったかを考える必要がある。税率を8%に引き上げた際、住宅などでは駆け込み需要が起こり、4月以降は消費が元に戻った。
――消費の低迷は、税率を8%に引き上げたからではない。
野口 実質消費はすでに平成24年ごろから低水準にある。消費税率を3%や5%に引き上げた時との違いは「物価」。円安による輸入価格上昇で実質所得が減り、実質消費が減っている。日銀が掲げる「2%の物価上昇目標」は間違いだ。物流業界も大きな影響を受けているのに、なぜ反対の声を上げないのか。
労働力不足で賃上げへ
――政府は富裕層が豊かになれば貧しい人にも恩恵が及ぶ「トリクルダウン」を目指す。
野口 製造業の大企業は「輸出産業」だから利益が増えているが、円安の下で売上高を円換算するから利益が伸びているだけ。生産を増やしているわけではない。生産の注文が増えない以上、下請けである中小零細の売り上げ、利益が伸びることはない。こうした状況下では、トリクルダウンの実現は望めない。
――賃上げは難しい。
野口 経済を活性化しない限り、政府が春闘に介入しても中小の賃金には影響を及ぼさない。一方、今後は労働力人口が減少し、コストプッシュ的に賃金が上がる可能性が高い。まだ顕著ではないが、労働需給には表れている。物流でも、労働力不足が賃上げに影響を及ぼしてくるのではないか。
――トラックドライバーを中心に労働力不足が顕在化している。
野口 日本の労働力人口は猛烈な勢いで減少を続け、2030年(平成42年)には現在より大幅に減ると試算されている。将来は、賃金を払っても労働力を確保できない事態に直面することも考えられる。
――対策は。
野口 必ずしも問題が解決する保証はないが、労働力不足の解消には移民を受け入れるしかない。円安が進めば外国人が日本で働く魅力がなくなり、来なくなる可能性もある。(諸外国に比べて条件の良い)いまこそ、日本社会が移民受け入れについて考え直さなければならない。
物流にも「破壊者」が現れる
――物流も移民受け入れに慎重な意見が強い。
野口 移民が難しいのであれば、新たな技術や仕組みを取り入れるしかない。長期的に見れば自動運転の導入は重要課題だ。小型無人飛行機ドローンも近年、着目されている。IT(情報技術)を活用した物流の効率化を進める必要がある。
――動態管理はメーカー主導で進みつつある。
野口 GPS(全地球測位システム)のような一般的な技術で何ができるか考えるべきだ。メーカーの技術は、特定のユーザーしか情報共有できないといった問題を抱える。米国の配車サービス会社ウーバーテクノロジーズは、スマートフォン(高機能携帯電話)で誰もが手軽に利用できる仕組みをつくったからこそ普及した。
――物流にもウーバーのようなサービスが参入する可能性が。
野口 下請けのドライバーが情報を登録し、顧客の要請に応じて自由にモノを運ぶ仕組みは考え得る。システムが運転技術などを評価できれば、高レベルなドライバーの所得向上にもつながる。当然、既得権益を守ろうとする行政との間で戦いは起こる。それでも殻を破れなければ、現状を変えることはできない。
――だが新技術導入が進まない。
野口 だからアマゾン、楽天のような企業が新技術を導入し、物流や販促で先進的な取り組みを進める。本来、物流事業者が行うべきことのはずだ。アマゾンは(プライム会員なら)追加料金なしに即日配達する驚くべき仕組みなどを取り入れ、書店業界の「破壊者」となった。ドローン配送などの動向からすると、物流業界も視野に入れているのではないか。
――破壊者がやって来る。
野口 破壊者は至るところに現れる。黙っていればいまの状態が続くということはない。過疎地の「買い物難民」など物流需要は多い。業界が新たな技術、仕組みを率先して取り入れる必要がある。
記者席 細かくメモ取る姿
日本を代表する経済学者の一人。これまで数多くの著書を執筆し、代表作の『「超」整理法』はベストセラーにもなった。30代前半の記者の目には、何事も知り尽くした〝異次元の世界に住む人〟のように映る。
ところが取材中、何度も驚かされるシーンがあった。物流に話が及ぶと細かくメモを取り、事業者は何を考え、どんな取り組みをしているのかを逆に質問。知らない情報を常に吸収しようとする姿勢が印象に残った。
物流には、まだまだ多くの可能性があると考えていることが伝わってきた。時折、「破壊者」という刺激的なフレーズを使い業界の意識改革を促す。一流の経済学者が出す指摘に、物流業界はどう応えていくのか。何も動かず、破壊者が現れるのをただ待つしかないのだろうか。
(経歴)
のぐち・ゆきお =昭和15年12月生まれ、75歳。東京都出身。38年東大工卒、39年大蔵省(現・財務省)入省、47年エール大Ph.D.(経済学博士号)取得。一橋大教授、東大教授などを経て、平成17年早大大学院ファイナンス研究科教授。23年早大ファイナンス総合研究所顧問。(小林 孝博)