インタビュー
【 トラック特集・特別インタビュー 】
「センス」が仕事を豊かに 直感で日常の面白さ再発見
2026年03月24日
哲学者 千葉 雅也氏
トラックドライバーの高齢化と残業規制によって、持続可能性に懸念が生じ始めたトラック運送業界。コスト、スピード、効率性といった従来の物差しでは、新たな価値創造は難しいとみることもできる。一方、現場を担う人々が仕事にこだわりや面白さを感じられる瞬間があることが、やりがい、ひいては担い手不足解消の点で大切ではないか。『センスの哲学』の著者で哲学者の千葉雅也氏は「『センス』で日常や仕事を捉え直すことで面白さを再発見できる」と話す。
生まれ持った才能ではない
――おととし発刊の著書『センスの哲学』が今回の取材のきっかけだ。そもそもセンスという言葉の意味は。
千葉 一般にいわれるような生まれ持った才能の意味ではなく、何かがうまくできる、あまり考えなくてもパッとできてしまうことを意味する言葉として使っている。おしゃれな服を着ることや食べ物、音楽など芸術に関わることに限らず、もっと広い意味で物事の強弱や対立関係をどう捉えるのかのリズム感(音の強弱などパターンの繰り返しを捉える感覚)の問題として取り上げた。
――具体的には。
千葉 トラックに荷物をどう積み込むのかも、センスという言葉で考えることができる。僕は研究と小説を書くことをどちらも仕事にしており、研究の文章も小説も、限られた文字数の中でどういう要素をどう詰め込んで読者に届けるのかを考える。小説なら、ここでせりふが出てきて、次に街の描写があってという流れをどうつくるか。また時間配分で言えば、ある場面について今日はこれくらいの分量を書ければいいなどといったことは「積み込み」に似ているかもしれない。
――どう書くかとどう積むかは本質的に同じ。
千葉 例え話ではあるけれども。逆に言えば、荷物をどう積めるのかを考えることは、言葉をどう並べるのかを考えることにつながるだろう。
組み立て、並べ方、割合を意識
――ならばセンスとは「良い・悪い」でなく、センスやリズムにより物事を捉え直すことで、全てを分け隔てなく考えるためのヒントと言える。
千葉 「『センスの哲学』を読んでも、センスは良くならなかった」と言われたことがある。これはセンスをどう定義するかによると思っていて、日々の仕事や生活や遊びの捉え方が広がるだけで、もう十分にセンスが良くなっていると言いたい。
――日常生活の中にも変化が生まれる。
千葉 部屋に家具をどう配置するか、周囲の人間関係で誰とどれだけの時間どれくらい話すか。それは並べ方、組み立てのバランスであり、それがうまくできた時に面白いと感じる。そんなふうに日常を捉えられると、いろいろなことの面白さを再発見することにつながってくる。
――その面白さはどこから来るのか。
千葉 人間は必要なこと以上を求める生き物だ。なにか過剰さを持っている。より多く生産するためのシステムをつくり、人を雇い、資本主義が発達し、国家ができ、そして奪い合いや争いが起きてしまう。この過剰さは、だから良しあしだ。半分は必要なことをしているが、残り半分は余ったエネルギーを燃やしているようなものだ。だが、そこから工夫や面白さも生まれるのではないか。
細かい手仕事機械化されず
――ところで、AIやロボットが人間が担っていた仕事を代行する場面も増えてきた。影響をどうみている。
千葉 最近は(AIがロボットや機械を自律的に制御する)「フィジカルAI」がどこまで発達するかが注目されているし、物流ではトラックの自動運転実証が行われている。AIやロボットが普及するにつれて、仕事をする人が面白みを持って取り組める余地がどれだけ残されているかがいろいろな業種で問題になっている。
――文章を書く仕事にも影響が出てきた。
千葉 AIにある種のアイデアを提供すると、下書きのようなものはできてしまう。かなり良い線まで来ており、今後、人間の創造性は乗り越えられてしまうといわれているが、それでもなお人間の創造性が上回る余地は残るとみている。文章の展開のことを物書きの間では「文の運び」と言うが、個性的な運びも職人技の一つだと言える。
――特別積み合わせ運送の雑貨の積み込みも職人技といわれる。
千葉 引っ越しの仕事も究極の職人技だろう。同じ細かい手仕事では、家電品などの取り付けも建設作業も現場ごとに状況が違い、常に最適な動きができるロボットは想像できない。
――人間が担い続ける仕事も一定程度残る。
千葉 結局、アナログな性質の強いところは残っていくのではないか。住宅修理などの仕事もそうで、米国では(高額報酬を得て)「ブルーカラービリオネア」と呼ばれる人が現れた。仕事に限らず、コミュニケーションの部分でも人間を癒やすことができるのは人間だと思う。さらに物事を決める時の責任は人間が担わなくてはいけない。人間が責任を取ることを放棄してしまったら、世界の秩序は崩壊を来すのでないか。
実物に関わる意味大きく
――職人技を含めAIに代行できないものが残ることは、人間の直感や創造性が価値を持ち続けることでもある。センスやリズムという考えはそこにつながるのか。
千葉 直感で分かること、説明できないが何かがきちんと成り立つという感覚が、いわゆるセンスだと思う。具体的で細かなバランスの問題になるとそれが重要になる。それはリズム感のようなもので、言葉で説明するのは難しく、意味が分かることとは別の物事の捉え方だ。
――一方で今は、センスと対極にある説明責任が極度に求められる。
千葉 よく分からないものの余地を認めない風潮が社会にまん延している。僕たちロスジェネ世代(1970年代~80年代半ばごろに生まれ、就職氷河期に社会人になった世代)が、それ以前の時代の「理由は分からなくてもやれ」みたいな権力への抵抗として、きちんと説明し対等な立場で話し合うことを進めてきた結果でもあるだろう。
――変化の前と後の両方を若い時に経験した。
千葉 そのためロスジェネ世代は、意味が分からないことへの受容性と意味を説明可能にする態度の両方を併せ持つと思っている。経済的に苦境に置かれた人が多い世代だが、例えば栄養ドリンクの「24時間戦えますか」という昔のキャッチコピーとワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の両立)の両方の感覚が分かる点が強みだと捉えている。
――反対に、今の若い世代に「24時間戦えますか」の感覚は通じない。
千葉 特に若い世代で意味を考察する、説明するということが強くなり過ぎていると感じる。意味ではない物事の捉え方があることを言葉でどう伝えればいいのか。そう考えて出てきたのが、センスやリズムだった。
世界の根本に質量ある物質
――最後に、物流は今後、どうなると思うか。
千葉 どれだけ作業の効率化や自動化が進んでも物流は物を運ぶ仕事。実物と関わっていることは大きい。やはりこれからは、実物の時代だと最後に言っておきたい。バーチャル(仮想)、メタバース(インターネット上の仮想空間)といったデジタル空間や暗号資産の実社会への浸透がいわれているが、人間の世界の根本にあるのは、質量のある物質。今後ますます仮想的なものが増え、時には人間を欺き、振り回し、人間を動員して、利益を上げようとする。そうした動きがもっと荒々しくなっていくことが想定される。だからこそ、実物に関わることの意味はますます大きくなってくるだろう。
――仮想的なものも実は物質に依拠している。
千葉 暗号資産もAIも膨大なエネルギーを消費し、それらの維持は最終的に物理的なエネルギー問題に帰着するとみている。僕も言葉を扱う上で、ある種の物質性である身体性に立脚して考えることを大事にしたい。
