インタビュー

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【 新年特別インタビュー 】

将来世代の視点持って 「FD」は長期課題解決の鍵

2025年01月07日

大阪大学大学院
原 圭史郎 教授

トラック業界では、過当競争に加え、ドライバーの働き方改革、荷動き低迷、国内人口減少といった事業環境の下、停滞感が漂う。輸送網再編、新規事業開拓など各社打開策を探るが、業界全体ではなお明るい将来像は描けない。どうすれば現状を打破できるのか。大阪大学大学院の原圭史郎教授は「フューチャー・デザイン(FD)を取り入れることで、持続可能な物流を目指すためのアイデアを導き出せるかもしれない」と話す。

―ある種の閉塞(へいそく)感が世の中を覆っている。

 国内外を問わず、気候変動や資源エネルギー、政府債務増大、インフラ維持・管理といった課題が顕在化している。短期間での解消が難しく、将来世代まで影響が続く長期的な課題と言える。

―FDとはどのようなものなのか。

 世代をまたぐ長期課題に対応し、将来世代に持続可能な社会を引き継ぐための社会の仕組みをデザインし、実践することを言う。2012年、当時の大阪大学環境イノベーションデザインセンターに設置された「七世代ビジョンプロジェクト」と呼ばれた研究会の中で議論が始まった。その後、発展し研究構想や実践につながった。

より良い意思決定引き出す

―研究内容は。

 主に「社会の仕組み」「人の意思決定」「都市システム・社会技術システム」の3つの要素の相互関係に着目した研究を行っている。社会の仕組みは、広い概念を指すが人が生活を送るための制度やルールなどを含む。例えば市場や民主政治、企業の人事評価のルールなどが想定される。人は社会の仕組みの下で意思決定を実行し、都市やインフラの整備、産業、技術、サービス、製品といった都市システム・社会技術システムを設計・構築している。

―なぜ社会の仕組みをデザインする必要があるのか。

 長期的な視点に立った優れた意思決定を引き出すことが狙いだ。人の意思決定や行動と社会の仕組みは連動していると考えられる。目前の利益や課題を優先する近視性が人にはあり、社会の仕組み自体も短い期間で結果が得られる性質のものが多く、人の意思決定も短絡的になりやすく、長期課題の解決への意思決定を難しくしている。

双方のメリットを盛り込む

―世代間の対立も生まれている。

 長期的な課題は現代を生きる世代に加え、今後、生まれてくる世代にも関わるものだ。従って、課題解消への具体的な取り組みを決める場合、将来の世代にもメリットがあるように現代を生きる世代と折り合いをつけた意思決定をすべきだ。だが、将来世代は実際に存在しないため、意思決定は現世代の利益を優先したものになり、将来の問題は現代から程近い「将来ごと」という認識になりやすく、課題解決につながらない。状況を変えるためには、意思決定に将来世代の利益を考慮できる仕組みが必要になる。

―一見すると、課題解決は困難に思える。

 従来、社会の仕組みは固定と考え、人の近視性を前提とし、長期的な意思決定を変えることは難しいとされてきた。一方、FDの研究が進む中で、新しい仕組みを導入することで、将来のことを考慮できるようになることや、意思決定も変化し得ることが分かっている。

―新しい仕組みとは。

 特に有効な仕組みの一つとして考えられているのが、「仮想将来世代」と呼ばれるものだ。他者になり切る脳の力を活用して、まだ誕生していない将来世代の立場で意思決定を行う。

過去を振り返り評価を行う

―具体的に。

 他人になり切る力で、将来世代の視点に立ち、過去の意思決定を回顧的に振り返ることができる。例えば温暖化が進行した2050年、2100年の社会で生きている状況を想像し過去の意思決定の振り返りと評価を行い、その上で必要な対策や実行する優先順位を検討し、意思決定を行うことができる。

―驚くべきことだ。

 さまざまなメリットが得られる。一例が、近視性を制御することができる点だ。仮想ではあるものの自身も将来世代となるため、将来世代にとって有益な取り組みを優先して考えるようになる。複雑で成果が得られるまでに時間がかかるとみられる対策を重視するようになり、発想の独自性も増すようだ。

公共政策分野で初めて実践

―現実的な意思決定に結び付く。

 現世代と将来世代の利益を踏まえた意思決定が可能になり世代間の対立解消に貢献できる。仮想将来世代の視点に立つことで、両世代の要望を満たす持続可能で現実的な意思決定を導くことができる。こうした仮想将来世代の実用性は実践の中でも確認できている。

―10年前に初めて実践された。

 FDは、15年に岩手県矢巾町で行われた、住民による地方創生プランにつながるビジョンや政策立案に関する議論の中で初めて実践された。20~80歳までの男女20人を現世代2グループ、仮想将来世代2グループに分けて個別に検討。検討した施策を提案・交渉し合意を目指した。最終的に、現世代が仮想将来世代の提案に理解を示し、意思決定の半数以上に仮想将来世代の提案が盛り込まれた。

―産業分野でも実践事例がある。

 矢巾町の取り組みを皮切りに、産業分野でも取り入れられるケースが増えている。水処理装置などの製造・販売を手掛けるオルガノでは、19年度にFDを導入し、3カ年をかけて研究・開発戦略を検討した。初年度は社員20人が6回のワークショップに参加した。

トラック企業でも活用可能

―物流企業でもFDを実践できるのか。

 もちろん可能だ。さまざまな実践方法があるが、一例が現世代と仮想将来世代それぞれのグループが交渉・合意する枠組みを導入する。また、参加する社員がどこまで将来世代の立場を「自分事」として想像できるかが鍵を握る。実践では、ワーキンググループの他、最終的には専門部署があることが理想。安心して将来のための意思決定ができるようにしたい。

記者席 未来の物流人になり切る

北米大陸の先住民「イロコイ」は、重要な意思決定をする時、その影響を7世代先まで慎重に考慮しなければならないという考えを持っていたとされ、フューチャー・デザインの仕組みの一つである仮想将来世代という新たな仕組みの構築にも影響を与えた。
現代ではさまざまな科学技術が発達しているものの、将来を正確に予測する方法は確立されておらず、状況的には、イロコイが遠い未来を見据えて意思決定する方法を編み出した時代と大きな違いはない。
ドライバーの待遇・労働環境一つ取っても、長時間働きたいという要望が多い世代、プライベート重視派が多い世代のどちらを軸に考えるかで方向性に差が出る。当座の人手不足の中で従来通りの働き方を望む即戦力に飛び付きがちだが、他産業との採用競争を考慮すれば、長期的な視点に立ち、時短と適正収受を両輪で進めることで、結果的に両世代に受け入れられる落としどころが見つかるのではないか。
持続可能な物流の構築には、目前の課題に注意を払いながらも、時代を超えた視点を持ち、現在の仕組みにとらわれない未来の物流人になり切りたい。