インタビュー

【 トラック特集インタビュー 】
適正取引「最大の好機」 荷主も「自分事」認識を

2023年03月28日
国土交通省 堀内 丈太郎 自動車局長
ドライバーの時間外労働の上限規制適用まで、残り1年となったトラック業界。労働環境の改善には、適正運賃収受と商慣行の見直しが不可欠となる。堀内丈太郎自動車局長は「国政でも大きな問題として取り上げられ、今は取り組みを進める最大の好機」とし、運送各社には積極的な交渉を、荷主には自分事として問題を認識し、関係者一丸となった解決を呼び掛ける。
―トラック業界の経営環境はどうか。
堀内 新型コロナウイルスの影響などにより、国内貨物輸送量は一時的に落ち込んだが、足元では回復基調にある。運送各社の経営状況を調査したところ、昨年12月~今年1月の運送収入が前年同期比で「2割以上落ち込んだ」との回答は約1割だった。全体の7~8割は「落ち込んでいない」「影響があっても1割以下」と答え、堅調な状況なのではないか。
―燃料価格高騰が経営を圧迫している。
堀内 (昨年1月に創設した)燃料油価格激変緩和事業を累次にわたり強化している。2月20日時点で、本来の軽油価格は165・4円だったが、激変緩和事業により147・6円に抑制された。昨年10月の閣議決定で、1月以降も補助上限を緩やかに調整しながら実施し、6月以降は、補助を段階的に縮減する一方、燃料高騰リスクの備えを強化するとの政府方針が決まっている。
―地方自治体も運送企業を支援している。
堀内 地方自治体の判断ではあるが、地方創生臨時交付金を活用した支援が行われている。国土交通省としても、地方運輸局を通じ、地方自治体に運送企業支援の働き掛けを続けたい。
大手の動きを評価
―4月から、月60時間を超える残業代の割増賃金率引き上げが始まる。影響をどうみるか。
堀内 人件費を含む運送業のコスト構造は各社で異なり、一概に言えない。だが、人件費などの上昇分は適切に運賃に転嫁することが基本だ。適正運賃収受の実現に向け、これまでも関係省庁や業界団体と連携し、荷主の理解と協力を呼び掛けてきた。不当な運賃の据え置きを行うようなケースには、是正のための法的措置を実施する。
―来年4月には、ドライバーの時間外労働上限規制の適用も控える。
堀内 企業にとっては時間外労働上限規制に加え、適用に合わせて見直される改善基準告示も影響があるだろう。法令を順守して過重労働を防ぐことは、ドライバーの健康や安全確保だけでなく、担い手を引き付ける魅力的な職場づくりにもつながる。順守には荷主の理解と協力が不可欠で、関係省庁と連携し、取り組み推進に当たりたい。
―協力会社を含めたドライバーの労働環境改善のため、大手が運賃値上げに動き出した。
堀内 昨年12月の適正取引推進会議で、参加した特積み各社に荷主・協力会社対策の話を聞き、しっかり運賃を収受し、自社や協力会社の賃金を上げることに前向きな意向を聞かせてもらった。今回の運賃値上げは、その方向に沿ったものと高く評価している。
―大手が動くと、業界も追随しやすい。
堀内 例えば、佐川急便では運賃値上げの理由の一つとして、協力会社の賃上げが書かれていた。大手が値上げをすれば、他の特積みや中小も動きやすくなる。宅配の場合は消費者向けの運賃のため、企業向けの場合は個別の交渉が必要だが、大手の動きは荷主へのメッセージになるだろう。
運送各社も声上げて
―2024年問題が世の中でも注目されている。
堀内 現在、ドライバー不足が物流を阻害する要因として、国政でも問題が取り上げられている。荷主も自社の製品が運べなくなるという「自分事」として、24年問題を認識してもらうことが必要だ。さらに認知してもらうため、国交省も働き掛けを進めていく。
―問題の解決には、運送企業が勇気を持って動くことも重要。
堀内 周囲の雰囲気が変わりつつある中、今は大きな好機と言える。国交省では相談窓口も設けている。荷主との交渉、不適切な商慣習の是正に向け、困り事があれば声を上げてほしい。大手・中小の企業規模に関係なく、業界が一体となって荷主と向き合い、適正取引を励行してほしい。
―協力会社の立場で見ると、同業の物流企業も荷主となる。その意味で、今秋創設される「物流・自動車局」は大きな役割を持つのではないか。
堀内 自動車は物流の中で最も大きなシェアを持つが、それ以外にもさまざまなモードが関わっている。(自動車局と物流部門が一緒になることで)一体的に24年問題に当たることができる意味は大きく、時宜にかなった組織改正になるだろう。
標準的な運賃 延長検討 取り組み「まだ道半ば」
―ドライバーの労働環境改善のため、20年4月から標準的な運賃を推進してきた。
堀内 告示から約3年間で運送企業の52・6%が届け出を済ませた。まだ道半ばだが、標準的な運賃の考え方を基に、原価計算をして適正な運賃を算出し、荷主との交渉に臨む上での参考指標としてもらっている。適正な運賃収受を実現するツールとして、機能してきたと考えている。
―ようやく業界の半分が届け出を済ませた。
堀内 50%超の届け出率は決して低くないが、まだ道半ばと言える。引き続き、業界団体と連携して運送企業への周知、荷主の理解醸成に向けて取り組んでいく。
―標準的な運賃の活用は進んでいるか。
堀内 届け出を済ませた全ての企業が標準的な運賃そのものを使っているとは思っていない。標準的な運賃を参考にし、それを一部盛り込んだ形で運賃交渉を行っていると考えている。全産業平均の賃金になることが理想だが、いきなり一足飛びにいかなくとも、そこに近づける取り組みが進んでいることは大きいのではないか。
環境整備なおも必要
―国交相による働き掛けの進ちょくは。
堀内 2月末時点で、76件の働き掛けと3件の要請を行い、荷主に改善計画を作成し、実施してもらっている。違反原因行為が解消されつつあると受け止めており、一定の効果は発揮されている。運送企業には国交省の相談窓口を活用し、問題があれば、声を上げることをお願いしたい。
―標準的な運賃などは、来年3月末で時限措置の期限が切れる。延長に向けた考えは。
堀内 標準的な運賃の理解・活用がいまだ十分でない企業もある。荷主都合による荷待ちなど、長時間労働につながる行為もなくなっておらず、引き続き適正な運賃収受に向けた環境整備が必要と考えている。荷主対策も道半ばであり、時限措置の延長など主要の措置について、しっかり業界の声を聞きながら取り組んでいきたい。
軽貨物の安全強化へ
―業界の変化では、貨物軽自動車運送事業の需要が高まり、それにより事故が増加している。
堀内 この5年間で、貨物軽自動車運送事業の死亡・重傷事故は約8割増加し、輸送の安全確保が急務となっている。昨年10月にはトラックや荷主の業界団体に、運行管理や点検整備の実施、安全運転の順守などを求める事務連絡を発出した。法令違反につながる行為を行っている疑いのあるケースには、働き掛けなどで改善を促している。
―1月には適正化協議会も開催した。
堀内 貨物軽自動車運送事業者に業務を依頼する荷主、元請けなどの関係者に集まってもらい、輸送の安全、労働時間に関わるルールの周知徹底について、改めて協力を依頼した。貨物軽自動車運送事業者は1人親方が多く、届け出だけで事業を開始できるため、フォローアップが難しかった。
―貨物軽自動車運送事業の安全を強化するための新たな対策も必要では。
堀内 まずは、今ある仕組みの中でできることに取り組む。業務を依頼する荷主、元請けなどに安全対策を講じてもらうことが効果的だ。実態調査も行い、今後も協議会の場などを有効活用しながら、輸送の安全確保とドライバーの労働条件改善につなげたい。
―自家用有償運送の利用も広がりつつある。
堀内 自家用についても、輸送の安全、ドライバーの適正な労働管理などが守られることが前提だ。現行制度下での活用状況や事故、法令違反の状況を踏まえ、適切な制度運用のための議論を関係者と進める。
記者席 〝幸せ〟のために
「トラック業界の変革期に立ち会えたのはありがたいこと」。就任から半年以上がたち、現在の心境を尋ねたところ、こんな感想が返ってきた。長年取材する中、自動車局は省内でも大変な仕事が多い部署と聞く。苦労話が出ると思っていた分、意外だった。
真面目な性格で物腰は柔らかいが、堅い信念を持っている。取材中、強く感じたのは「ドライバーを幸せにしたい」との思い。トラック運送に対する世の中の注目が高まる今こそ、最大の好機を逃すわけにはいかないとの強い危機感を持つ。
「時代劇でいう与力や岡っ引きとして十手を持ち、関係省庁と包囲網をつくり〝悪者〟を一網打尽にしたい」。今年に入り、業界団体のあいさつでこのフレーズをよく口にする。業界が長年望んできた動きで、さらなる取り組みを期待したい。