インタビュー

【 新年特集インタビュー 】
どうなる!?肉体労働 働きながら健康な体に

2023年01月03日
人を救うアシスト技術 東京理科大 小林 宏 教授
新技術の導入が進む中も、物流現場と切り離せない肉体労働は今後、どうなるのか。労働の肉体的負担を減らすアシスト技術を専門分野とする小林宏東京理科大教授は、約100年前に書かれた、ロボットが題材の戯曲を教訓に、「体を動かさず働かなければ、人は堕落する」と指摘する。提言を通じ、アシスト技術の活用で「働きながら健康な体をつくる」という肉体労働の新たな価値が見えてきた。
働かなければ人は堕落する
―人にとって肉体労働とはどういうものか。
小林 人は体を動かさず働かなくなると堕落してしまうことが、1920年にチェコの作家、カレル・チャペックが書いた戯曲「R.U.R.(ロッサム万能ロボット会社)」で描かれている。人間の形をした量産型ロボットが人の代わりに働くようになった半面、人類は体を動かさず楽ばかりして堕落し、やがてロボットに掃討されてしまうという内容だ。
―人とロボットのすみ分けが必要と。
小林 もともとロボットや機械は、労働による極度の肉体的な負担から人間を解放することを目的に開発された。だからといって、人間はそれらに頼り、体を動かさずに働かなければいいかというと、そうではない。
―適度に体を動かすことが欠かせない。
小林 そう。極端な例だが、ヘッドマウント(頭部装着)ディスプレーを着け、仮想空間で情報を取得しながら生きていくことはできるだろうが、働くのは脳みそだけで体は要らなくなる。それが果たして幸せか、という話になる。
―幸せとは言い難い。
小林 人間にとっては体を動かして、働き続けられることが大事になる。ただ、肉体労働による耐えられないほどの負担は良くない。ロボットや機械で補う=アシストするという考え方が必要になる。
歩み寄りで良い製品づくり
―あらゆる分野で自動化を目指した技術開発が進んでいるが。
小林 完全自動化という考え方も必要ではあるが、全てをロボットや機械で自動化できるわけではなく、必ず人がやらなければならない作業は出てくる。人間にとって体を動かして働き続けることが欠かせないと捉えれば、より重要になるのは人の動きを支えるアシスト技術だ。
―いかに肉体労働を楽にするかという発想だ。
小林 より良い製品を生み出し、世の中に普及させていくには、働く側と開発する側がもっと歩み寄ることが鍵を握る。働く側の肉体の限界と、開発する側の技術の限界を相互に補い合えるよう密に話し合いをしていくことが大切だ。
―技術の限界とは。
小林 例えば、私が開発した「マッスルスーツ(登録商標)」のような外骨格型のパワーアシストスーツは、電動モーターを使うか、空気圧を使うかで成否が分かれた。マッスルスーツは空気圧で動く人工筋肉を用い、人の動きを妨げない構造を取り入れている。半面、モーターを使った製品は、力やスピード、角度といった面で人の動きを予想できない構造で、充電も必要だったため、普及にはつながらなかった。
―技術で何でも可能になるわけではない。
小林 着用すれば思い通りに体を動かせる、人間の力を何倍にも増幅できるというのは現時点の技術では難しい。働く側、開発する側が双方の妥協点を模索しながら、最適な解決策を考えていくことが大事になるだろう。
―マッスルスーツも、ユーザーと歩み寄りながら開発を。
小林 2000年から開発を始め、当初は自動車や鉄鋼のメーカー、鉄道会社などと共同研究を進めてきたが、物にはならなかった。世に出た契機は、担い手の高齢化が進んでいた訪問入浴介護の現場で活用されたこと。働き手不足に悩んでいたユーザーの強いニーズを受け、がっちりと組み、試作を繰り返しながら、実用できる製品づくりを進めてきた成果だ。
病気のリスク下げる効果も
―アシスト技術が肉体労働の価値を高める可能性はあるのか。
小林 実はマッスルスーツには、「働きながら健康な体をつくる」効果がある。個人的なデータでは、使い続けるとインナーマッスル(深層筋)が強化され、姿勢が良くなり、さらに体重や体脂肪率も減らせることが実証されている。疲労を含む肉体の負担を軽減するだけでなく、病気にかかるリスクも下げられる。
―そんな効果が。
小林 そもそもそうした目的で開発したわけではないが、周りで使った人の実例を基に、偶然分かってきた。実際にリハビリの現場でも、患者の弱くなった筋力を回復させる効果が見られた。着用すると歩きにくさはあるが、使い続けるほど健康な体になっていく。
―肉体労働に対するイメージが変わりそう。
小林 AIやIоTであっても、直接、体の動きを支えたり、人の体を健康にしたりはできない。アシスト技術は、誰もが長く働き続けられる、働きながら健康になれるという可能性がある。
―読者や、トラックドライバーなど物流現場で働く人々にメッセージを。
小林 自動運転技術が本格的に実用化されたとしても、人手による仕事はなくならない。ぜひ、楽に働きながら健康になってもらいたい。欲しいツールがあれば、ずうずうしい内容でも要望してほしい。できる限りニーズに応えられるものを提供していきたいと考えている。