インタビュー

【 全ト協・事業者大会特集 特別インタビュー 】
あらゆる人から学び得て 多面的な見方で難局克服

2022年10月04日
室伏 広治 スポーツ庁長官
トラック運送業界は、長引くコロナ禍と燃料価格高騰、労働力不足への対応など、これまでにない難局にある。ハンマー投げの選手として、競技成績の伸び悩みや年齢など幾多のハードルを乗り越え、五輪をはじめ世界大会で輝かしい成績を残してきた室伏広治スポーツ庁長官は「改善を前向きに進めるには、業界だけの判断にとどまらず、あらゆる人に話を聞き、学ぶことが重要」とエールを送る。
―3年ぶりとなる全国トラック運送事業者大会が5日、愛知県で開催される。
室伏 愛知県は日本の中心地。自動車生産をはじめ産業が盛んで、トラック輸送も活発に行われている印象がある。私は6歳から住んでおり、県内の大学・大学院に通い、教べんも執った。親しみのある場所だ。大会の成功を祈りたい。
―運送業界はコロナ禍や燃料高騰など悩みが多い。自身も大学時代は競技成績が伸び悩んだ。
室伏 誰でも成績が停滞する時期はある。スランプを抜け出すには多面的に指導を受けることが大切。物流も自らの業界だけで物事を判断していては、前向きな方向に進みづらくなってしまう。
「足の裏」と漁の投網
―自身の場合は誰から助言を。
室伏 運動生理学、力学、工学、心理学など多様な専門分野の教授からアドバイスをもらった。体操や水泳など違う競技を教えている教授にも、体の使い方を学んだ。
―印象的な教えは。
室伏 足の使い方は重要と感じた。特に、体操や水泳で「足の裏が大事になる」という教えは面白かった。体操は鉄棒で回転する空中姿勢の時、水泳は水中で、足の裏で空気や水をつかむことが重要だと教えられた。この教えを基に、ハンマーを投げる際、地面からのエネルギーを足の裏から受けようと意識した。
―日本の伝統的な動作も競技に取り入れた。
室伏 漁の投網がその一つ。遠くに投げるには網を広げる動作が大切で、ハンマー投げでも応用できると考え、加速のために回転する際、描く円を広げることを強く意識した。こうした他から学んだ動きを取り入れていなければ、五輪での金メダルのような好成績は得られなかった。
周囲の意見聞き目標を
―42歳まで現役生活を続けた。
室伏 ハンマー投げのように西洋が発祥の種目のトレーニングは10~20代向けのものが多く、無理に続けて体を壊し引退してしまうベテラン選手が多数いる。体力や筋力が年々落ちていく中、他に若い選手と勝負できるポイントがないか追求した。
―例えば何を。
室伏 先述の体の使い方もそうだが、調整方法を工夫した。トレーニングの効果とけがのリスクを十分に把握してきた。体を長い間動かし続け、年齢を重ねても安定した成績を残すことは難しいが故にやりがいがある。
―メダル獲得という高い目標を追い続けた。
室伏 体やメンタルなどの現状分析に加え、周囲の意見を聞き、適切な目標を設定した上で挑戦することが成績の向上につながる。物流をはじめ企業の経営にも当てはまることかもしれない。
祖父のトラックに憧れ
―物流との関わりは。
室伏 なじみ深い分野だ。米物流大手フェデックスのイメージキャラクターを2006年から務めていた。その中で国際航空貨物の集配体験を行ったことがある。
―家族がトラックを運転していたとか。
室伏 祖父が戦後、トラックに乗って豆腐の原料を店に運んでいた。幼い頃、同乗し伊豆半島を回ったことがある。伊豆はとても美しい景色が見られる場所で楽しかった。
―魅力を感じた。
室伏 いろいろな場所に行き、多くの人々と触れ合える点が、とても面白い仕事だと思った。トラックを運転してみたくて、(祖父のトラックを)譲ってほしいと家族に言ったこともある。ドライバーは子どもにとって憧れの職業。トラックに乗る機会があると魅力が伝わるのでは。
物流に感謝し切れない
―スポーツイベントでは物流の協力も不可欠。
室伏 昨夏の東京五輪・パラリンピックを含む大規模なスポーツイベントの開催時は、車両通行規制への対応をはじめトラック運送業界の前向きな協力も支えてくれたと実感している。
― 26 年には愛知でアジア競技大会が開催。
室伏 成功には、業界による通行規制への協力が欠かせない。理解なくしてどんなイベントも実施できない。改めて感謝したい。
―東京五輪の準備期間でも物流と接した。
室伏 大会組織委員会のスポーツディレクターとして、輸送局や大会の運営準備局と共に、各競技の特徴に合わせ、物流を含めた調整を一体的に行ってきた。
―物流は要。
室伏 そうだ。これまでもさまざまなスポーツ大会の開催になくてはならない各競技の備品を着実に届けてくれるなど、運送各社には感謝し切れない。普段あまりなじみのない輸送、例えばライフル競技や近代五種で使うピストルの輸送も、安全に運ぶためのルールを順守した上で対応してもらった。馬術で使う馬の輸送では、馬に負担がかからないよう極力急なブレーキ操作をしないように気遣うことを求められたが、対応してくれた。選手用の食事がしっかりと調達されたのも各社の協力のおかげ。運営側としても安心と信頼を覚えた。
―スポーツ庁の仕事は物流と共通点も。
室伏 物流が荷物をきちんと届けるのと同じく、庁内で考えたスポーツ振興のための施策を、国民に届けるまでがわれわれの仕事。国民に施策の意義が伝われば、安心や喜びを感じられる。
スポーツの楽しみ広げ
―スポーツの良さは。
室伏 国内外から観客が訪れ、注目してもらえること。そこでは人流も物流も生み出される。スポーツ庁では、プロスポーツの競技施設を全国の都市部に建設することで、多様な場所から対戦相手のファンも含む観客を集め、地域を活性化させる取り組みを行っている。
―長官としての意気込みは。
室伏 これまで培ってきた東京五輪などの大会運営で得た知見や、スポーツ科学の分野で研究してきたことを生かしたい。競技スポーツだけでなく、年代や場所を問わず楽しめるものを含め、あらゆる種目の素晴らしさを国民に伝えられるよう努めたい。
―運送業界で働く皆さんにメッセージを。
室伏 今日もどこかでハンドルを握っているドライバーを応援している。幼少期から親しみがある仕事だ。届け先で待っている笑顔を励みに、安全運転で頑張ってほしい。
記者席 世界陸上盛り上げたい
昨夏の東京五輪・パラリンピック。コロナ禍で大会初の無観客開催となり、チケットを保有していた国民は涙をのんだ。
主要競技場だった国立競技場は2025年、世界陸上の舞台に。日本では、07年の大阪大会以来、18年ぶりに実施される。パリ五輪の翌年に国内外の有名選手が集まり、巧みな技や素晴らしい記録が間近で見られる絶好の機会となりそう。「楽しみにしてほしい」
今夏米国で行われた世界陸上では、やり投げで北口榛花選手が銅メダルを獲得。室伏長官と同じ投てき種目が注目を浴びた。東京の世界陸上でも活躍が期待できそうだ。
世界陸上東京大会の翌年には、今年の事業者大会の開催地・愛知県でアジア大会が行われる。「業界の皆さんにも観戦に来てほしい」と呼び掛ける。