インタビュー

【 トラック特集インタビュー 】
過剰な反応が差別生む 心の誤作動自覚して

2021年03月23日
大阪大学大学院 三浦 麻子 教授
新型コロナウイルスの流行による影響は経済打撃だけではない。長距離ドライバーが「コロナを運ぶな」と罵声を浴びせられ、家族までもが偏見、差別を受けることがある。社会を支える重要な職業であるはずのドライバーがなぜ偏見や差別を受けるのか。大阪大学大学院人間科学研究科の三浦麻子教授は「危険に対して心が過剰に反応した結果ではないか」と分析する。
感染防止策のアピールを
―差別はなぜ起きるのか。
三浦 新型コロナを起因とするものに限らず、差別や偏見は不当なものだ。だが、対象となる誰かだけでなく社会全体にとっても不利益をもたらしているにもかかわらず、世の中から差別はなくなっていない。さまざまな理由があるが、人の心に備わっている「行動免疫システム」の誤作動が原因の一つとして考えられる。
忌避感の暴走が原因
―行動免疫システムとは。
三浦 病原体に接触して感染することを避けようとする、心の仕組みのことを指す。例えば風邪のウイルスが体内に侵入すると、咳(せき)や発熱などの症状が起きるが、これは感染した体がウイルスと闘っているという証し。だがそもそも体に感染させないため、心が病原体を避けるような働きをすることが行動免疫システムと呼ばれる。
―どのような働きがあるのか。
三浦 行動免疫システムが作動すると、病原体を持っていそうだと思われるような人々や場所を避けるようになる。いわゆる3密(密閉・密集・密接)状態を避けようとする。このシステムは確かに私たちを感染から遠避ける効果があるが、常に正常に作動するとは限らない。
―誤作動が起きればどうなる。
三浦 避けなくてもいい対象まで「感染しそうだ」と早合点して避けてしまう誤作動が起こり得る。これが差別や偏見につながる。東日本大震災の原発事故の際は、東北産の農産物などが放射能で汚染されているのではないかと過剰に避けられる風評被害が問題となったが、新型コロナでの差別も同じ。危険に対処せずに致命的なダメージを受けることよりも、危険に対して過剰に反応し回避行動を取ることの方が人間にとってリスクが低いため、差別や偏見が起こる。
―実際に、ドライバーに対する偏見が各地であった。
三浦 たとえ感染の可能性が極めて低くても、「感染するかも」というイメージだけが残ることが多いというのがより問題を深刻にしている。ドライバーがマスクをして感染防止に努めていたとしても、「新型コロナが恐ろしい、嫌なもの」といった印象が付与された結果、消費者が過剰な反応をしてしまうことが起こり得る。
―対策は。
三浦 システムの誤作動は完璧には防げない。もちろん、3密が発生しやすくなる公共交通機関や繁華街など、本当に感染の可能性が高い対象と物理的な距離を取るのは大切なことだ。だが新たな差別や偏見を社会に根付かせないためには、一人一人が「この反応は誤作動だ」と誤りに気付き、心の誤作動を修正する努力が必要になる。
差別意識が強い日本
―世界各国と比較して、日本の特徴とは。
三浦 私たちは2020年3~4月に、日本・米国・英国・イタリア・中国の5カ国で、8月には日本・米国・英国の3カ国で一般市民を対象に新型コロナに関する意識調査を行った。その中で、「新型コロナウイルスに感染した人がいたとしたら、それは本人のせいだと思う」「新型コロナウイルスに感染する人は、自業自得だと思う」という2項目で測定を行った。その結果、新型コロナの感染は感染者本人に責任があると考える程度が日本では他国よりも強いことが明らかになった。
―他国より強い傾向にあるのはなぜか。
三浦 正直なところ、まだはっきりしたことは分からない。ただし、これまでの私たちの研究で「悪いことが起きるのは本人のせい」と考える傾向が日本で強いという結果が得られていることとは一貫している。強いといっても日本人全体に占める比率は15~20%程度のため少数派になるが、感染者を責めても構わないという風潮が他国よりは強い傾向にあるようだ。
―好ましくない傾向だ。
三浦 日本は他国と比べて感染者が比較的少ないため、自分の身辺でクラスター(感染者集団)が発生するような頻度や、身近な人が感染するような事例が外国よりも少ないことも関係しているだろう。日本では以前から結核やハンセン病、コレラなど、過去の伝染病で起こった偏見や差別の事例が多くある。原因が分かればきちんと治癒する病気であっても、周囲の人間、時には近しい人や家族にまで差別されることもあった。ハンセン病の例では「らい予防法」がある。既に治療法が確立し、感染の恐れがないにもかかわらず、患者の終身強制隔離と収容が長期間にわたり行われてきた。新型コロナが引き起こした影響は、残念ながら当時の状況が繰り返されているとも言える。
臨機応変な対応が鍵
―従業員に必要な心構えは。
三浦 感染を避けたいという気持ちは誰にでもあるが、その気持ちの振れ幅には個人差が大きい。過剰に反応する人もいれば、鈍感で全く反応しない人もいる。そのことを踏まえ、過剰な人もいるということを理解した上で、臨機応変に対応していくことが望まれる。忌避的な態度を取る人に穏やかな対応をすることは難しいが、ある程度は相手の気持ちを理解し、寄り添うことも必要ではないか。ドライバーだけでなく、他のエッセンシャルワーカーや市役所、公共施設の職員なども同様のことが言える。
―企業が従業員を守るには。
三浦 行動免疫システムがあることで、自分が感染することを避けたいという不安や恐怖の気持ちが引き金となって、さまざまな誤作動を引き起こす。不安や恐怖感を起こさせないためには、従業員が感染防止対策を徹底していることを顧客に向けて積極的にアピールすることが重要になる。従業員を感染から守り、風評被害からも守ることにつながる。
―物流業界にエールを。
三浦 気軽に外出して買い物をすることが困難な現在、物流でのトラックドライバーの重要性は非常に高まっている。巣ごもり生活や在宅勤務で改めて物流が機能していることへのありがたさに気付いた人も多いのでは。過剰に反応する消費者もいるが、多くの人は物流に携わっている人たちに感謝しているはず。私もその一人だ。通販でよく荷物を注文するが、対面で荷物を受け取るときは必ず「ありがとう」「お疲れさま」と声に出して言い、感謝の気持ちを伝えるようにしている。
記者席 社会心理学者として
三浦教授もよく通販を利用し、荷物を配達してもらうが、「不在のことが多く、再配達などで迷惑を掛けてしまうことも」。対面で荷物を受け取った際は必ず感謝とねぎらいの気持ちを伝えるようにしている。
関西では2月末で2度目の緊急事態宣言が解除され、新型コロナに対抗するべく、ワクチンの輸送準備や態勢も整ってきた。徐々に明るい兆しが見えてきたものの、以前のように気兼ねなく出掛けたり、誰かに会ったりするのはいまだにはばかられる状況だ。
差別や偏見を完全になくすことは難しいが、三浦教授は「社会全体を〝差別をしないのが当たり前〟という方向に少しずつ動かしていくために、社会心理学者として地道に努力していきたい」と話した。