インタビュー

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【 トラック特集インタビュー 】

ダイバーシティーを物流に 職場改善で人手を集めて

2020年03月24日

立教大学 首藤 若菜 教授

 深刻なドライバー不足により安定的な輸送サービスの提供や生産性向上が課題となっている物流業界。解決には低賃金と長時間労働の是正、職場環境の改善が重要とされ、運賃値上げに加え、働き方改革が進められている。労使関係など幅広く研究してきた立教大学経済学部の首藤若菜教授は「多様な人材が働きやすい職場を目指すことで、大多数が働きやすい職場になる」という。どうすれば理想的な職場がつくれるかを聞いた。

 ――物流に興味を持ったきっかけは。
 首藤 労使関係を調べる中で、「ヤマトショック」の一連の動きを見て興味を抱いた。後に物流業界の改革を求める声が以前からあったと知ったが、この一件は一消費者としても衝撃を受けた。ただ私の視点からは、物流業界の問題は労使関係の問題と捉えられた。
 ――問題解決の鍵は。
 首藤 労働条件を良くしなければ人は集まらない。ITやロボットといった効率化に役立つ機器の導入も大切な一方で、労働環境に目を向ける人は少ない。ドライバーをはじめとした人手不足が物流で起きているのには理由がある。マクロ的には人口減、ミクロ的は業界固有の問題がある。

少ないのは労働人口か

 ――どういうことか。
 首藤 少子化による人口減で人が集まりにくいのは事実。それでも事務などの職種はいまもたくさん人が集まる。働く意思と能力があるのに、労働環境により働けない主婦などの隠れた労働力も大勢いる。本当に少ないのは労働人口ではなく、働きやすい職場環境だ。
 ――物流業界のミクロ的な問題とは。
 首藤 賃金と労働時間が課題とされているが、「低賃金問題」に集約できると考えている。賃金が低いと感じた労働者が稼ごうとする結果、長時間労働になると。トラックドライバーは昔は稼げる職業だったが1990年代に状況が変わった。

標準的な運賃で良い方向へ

 ――そうした状況の改善のため今年2月に標準運賃が提示された。
 首藤 この数年は運賃値上げ交渉が粘り強く行われ、結果が出てきている。その後押しとなり、荷主に「いまのままでは駄目だ」と考えさせる意識改革につながれば良い方向に進む。とはいえ懸念材料も多い。ここにきて、新型コロナウイルスにより荷動きが低下している。輸送需要が供給量を下回れば、運賃値下げの向きが出るかもしれない。そうなれば元のもくあみだ。規制緩和し市場に任せた過去30年の結果が、過当競争による運賃と労働条件の低下だったと思い出してほしい。

背景にサービス優先の慣習

 ――商慣行で働く人の権利より荷主や利用者の都合が優先されてきた。
 首藤 人手不足に陥る業界に共通するのは、労働環境に不安があり、働く人の思いや生活が見えないということだ。ルールを守ることが難しい事情も分かる。だがルールを守るために最低限必要な機構や部署をつくらず、初めからそれを放棄する企業もあると聞く。物流業界の一部にある、経済やコストに関する規則は順守し、労働者に関する規則はおざなりにする傾向は、日本社会の悪しき部分の縮図にも感じる。ワンクリックで夕方には荷物が届くインターネット通販は〝消費者天国、労働者地獄〟の象徴とも言えよう。
 ――だが運賃値上げなどの条件改善は荷主に見放される不安がある。
 首藤 業界全体で一律に値上げすれば、独占禁止法など各種法律やマナー違反となるが、1社単独でも限界がある。ヤマト運輸が労働条件を良くするため、運賃値上げや総量抑制などの施策を講じた結果、顧客が同業他社に流れ、一部報道機関では誤った施策は見直すべきとする意見も出た。私は間違えだとは思わない。消費者だけでなく、働く人にも目線を向ける企業であるべきだろう。

業務効率化には限界も

 ――業界・企業は自助努力すべきという声も。
 首藤 テレワークやクラウドを介した情報共有による印刷業務の削減など、これでもかと無駄の排除に取り組んだ企業でさえ、労働時間が減らないケースがある。そもそも物流は人数に対し仕事量が多過ぎる。だからヤマト運輸は総量抑制と人材確保を進めた。業務効率化には、限界がある。
 ――多様な人材が働ける職場をどうつくる。
 首藤 よくあるのは、更衣室やトイレなどハード面の充実。ところが、働き続ける上で障害となるのはソフト面の部分が多い。シフト制で夜勤があると人が集まらないかというとそうではない。看護師は夜勤もあるが高給で人気。また、男性では平均くらいの給料だったとしても現状、男性と比べ所得に差がある多くの女性にとっては相対的に魅力的に映る。
 ――仕事と生活の予定が分かることは重要。
 首藤 シフト制でも事前に予定が分かれば、家事、育児が可能となる。3日運行のはずが急に帰れなくなるなど、当日に突然勤務が決まるようでは働く意思はあっても都合がつかない。こうした仕事は、共働き世帯が増え男女共に育児や介護をする必要が増加するこの先、一層避けられる仕事となるだろう。ソフト面を見直すことは働きやすい職場への1歩となる。

制度変更が一番の意識改革

 ――肉体的負担を軽減する方法はあるのか。
 首藤 例えば、いっそのこと荷役をやめてしまうのはどうか。女性やシニアに難しい長時間労働や重労働は男性にもつらいはず。実際に、屈強な男性しかできないような業務を希望する若手は減少している。日本では、荷役作業はドライバーが当たり前にやることと認識されているが、ドライバーの仕事は本来、運転だ。欧州などでは荷主などが専門スタッフを雇い行っている。せめてパレット化は進めるべき。
 ――荷主との協力が最難関。
 首藤 待ち時間や高速道路料金と同じく、必要なコストは収受すべき。人は「理解や協力をお願いする」だけではなかなか動かない。ゴミ袋削減やリサイクルも「分かってはいるがまあいいか」という人がたくさんいる。コストが伴わなければ自分事として考えるのは難しい。荷主の意識を変えたいならば、制度、つまり運賃・料金を変えるのが1番の近道だ。