インタビュー

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【 特別インタビュー 】

プロの誇りで胸を張って 輸送業界に興味〝津々〟

2018年10月09日

作家 辻村 深月さん

 「輸送業界や荷物を運ぶ人にすごく興味がある」と話す作家の辻村深月さん。今年、10代の若者を描いた小説『かがみの孤城』で本屋大賞を受賞。若者の心とどう向き合えば良いかをテーマに、本作に寄せる自身の思いを聞きながら、物流業界で働く人へのエールをもらった。

今は未来につながる

 ――なぜ10代の若者を小説の題材に。
 辻村 私にとって中学時代というのは人生で一番戻りたくない時期だったんです。友達もいて、いじめに遭っていたというわけでもないし、家庭環境が複雑だったということもなかったのに、それでも子供だからこその不自由さや窮屈さを感じていた。今の自分だったらもっとうまく立ち振る舞えたのだろうけど、それが全然できなくて、教室に大きな忘れ物をしてしまったような感じが大人になった今もずっと続いています。その忘れ物を取りに戻るような気持ちで、今も中学生を主人公に小説を書くのかもしれないですね。
 ――今だから、言葉で当時を振り返られる。
 辻村 中学時代の私が書きたかったことを小説にしているのかな、と。つらいと感じている最中は言語化できないけれど、離れてみると言葉にできることは多い。大人の仕事をめぐっても、そういうことは多いと思います。
 ――本屋大賞受賞作『かがみの孤城』は不登校の子どもたちを描いた。
 辻村 小説を書く時は、初めからこれを描きたいという狙いがないことがほとんど。作品を書き始めた時も、学校に行かないと選択した子どもたちを主人公にした物語を書いてみようという入口しか見えていない状態でした。
 ――作品は若者だけでなく大人の支持も集めた。
 辻村 今も多くの子どもたちは「大人になる=いまの自分と違う存在になる」と思っている。でも、子どもの時間、大人の時間は別個に存在するのではなく、「今のあなたは未来のあなたにつながっている」ということが伝えられたらと思いました。大人の読者からは「自分たちもかつては子ども。だからこそ、子どもを助けるのは大人の役目だ」という感想も。

若手の心と向き合う

 ――ラストの「大丈夫だから、大人になって」という言葉が象徴的。
 辻村 皆社会人になってから、ある日急に立派な大人になるわけではないですよね。一方で世の中は理不尽なことに耐えていく場所だということにも気付く。子どもの頃に想像していた大人と違ってふがいないかもしれないけれど、困った時には頼ってほしいという思いも、大人の一人として込めたかったんです。
 ――企業なら、若手とベテランの関係に置き換えられるのでは。
 辻村 大人になると、自分のことを棚に上げてしまいがち。例えば、上司やベテランが若手の至らなさを見て、「自分たちの若い頃はもっとできた」と言っても、実際にはそうではなかったかもしれない。若手からすれば、上司やベテランとは世代が違うから分かってくれないと最初からあきらめてしまう。世代でくくるのは便利な考え方ですが、実は誰もが嫌なことは嫌、会社に行きたくない日もあると思うはず。そこに立ち返って人対人のコミュニケーションを図ることが重要だと思う。

配達員との「地縁」

 ――物流のイメージは。
 辻村 実はここ数年、輸送業界や荷物を運ぶ人にすごく興味を持っています。特に宅配や引っ越しには小説の題材にしたいと思うぐらい関心があります。
 ――きっかけは。
 辻村 いま住んでいる街に引っ越してから、宅配便の配達に来てくれる女性スタッフの方を私の子どもたちが大好きになった。インターホンが鳴ると、保育園に行く前に「お姉ちゃんだ」と玄関へ走っていくほど。私も顔なじみになったスタッフの方々と街中で会うと、互いに名前を知らなくても会釈する。この街で初めての「地縁」ができたと感じたんです。宅配のスタッフの人たちはそんなふうに各所で関係性を築いているのだろうなと。
 ――一方、宅配便は再配達が社会問題に。
 辻村 テレビニュースで、宅配便を指定時間帯に届けるのが大変という話題に接した時、今後は「お疲れさま」「助かりました」としっかり声を掛けようと思いました。
 ――いまはインターネットで気軽に物を買える。
 辻村 だからこそ、荷物を届けてくれる人に鈍感になってはいけないと感じます。電子的なやり取りに依存するのではなく、肉声でつながる関係性に立ち返ることも必要。
 ――そこで縁ができる。
 辻村 町内会のような昔からの地縁が失われつつある時代。最初は恐る恐るでも、あいさつから一歩踏み込んだコミュニケーションを交わすことで、新たな形の関係性を築くことができるはず。

誰もが物流と関わる

 ――引っ越しにも関心があると。
 辻村 わが家の引っ越しを手掛けてくれたスタッフの人たちがチームワークを生かし、明るくはつらつと作業する姿がまるで強豪校の部活動さながらに、とても楽しそうに見えた。素人にはできないことをプロの技術で手際よくこなしてくれ、作業が終了して皆が帰る時、なごり惜しくなったほど。彼・彼女たちには、自分たちが輝ける環境で働き続けてほしい、という気持ちでいっぱいになりました。
 ――非常時にも物流は活躍。
 辻村 先日の北海道地震の影響で、近くのコンビニに牛乳が並ばなかった時があったんです。困ったことが起きないと物流の存在が実感できないのは、消費者の気楽さが原因かも。当たり前のことを当たり前にしてくれる人たちがいることに心を寄せて、感謝しなければいけないと痛感します。
 ――業界にメッセージを。
 辻村 輸送に関わるエピソードを一つも持たない人はいないと思う。業界の皆さんが当然のようにこなしていることでも、私たちには驚くようなノウハウがいっぱい。長距離トラックの運転もそう。誰もができないプロの仕事に胸を張ってほしい。それぐらい素敵で魅力的な仕事だと感じます。

記者席 「大人こそ読んで」

 記者が『かがみの孤城』を手に取ったことが契機になったインタビュー企画。小説は、学校で居場所をなくし、部屋に閉じこもっていた主人公の目前で、ある日突然、鏡が光る場面から始まる。
 懐かしく、時に苦しくなるような心理描写。主人公と似た境遇の子どもたちが登場する設定に、冒険心が呼び覚まされた。読み終える頃には、感涙を抑えられないほどの解放感。青春小説でありつつ、上質なミステリー作品だ。
 作家自ら「満を持しての自信作」とする本作。「読者には、若い子の気持ちを知りたいと読み始めた人も多い。世代を越えて同じ苦しみを経験したと分かり合えた気がしたと感想を寄せてくれた人もいる。大人にこそ読んでほしい」。若者の心を捉え、動かすヒントにあふれている。