インタビュー

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【 創刊70周年特別インタビュー 】

時間価値の変化を捉えて 全て人に届ける必要ない

2018年08月28日

フロンティア・マネジメント 松岡 真宏代表取締役

 スマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)に代表される新しい情報機器の普及は、消費者の生活スタイルだけでなく「時間価値」さえも変えた。「1分や数十秒という少ない時間の価値が上がった」とフロンティア・マネジメントの松岡真宏代表取締役。時間価値の変化を捉えたビジネスモデルへの転換で、宅配便をはじめ物流変革の可能性が見えてくる。

 ――通信技術の発達は生活様式とともに時間に対する価値観を変えた。
 松岡 スマホの普及が主な要因の一つだ。1分や数十秒という少しの時間で人への連絡、買い物、レストランの予約など何でもできる時代になった。移動中、待機中に発生する細切れの時間でも有効に使える。昔の1時間といまの1分の価値はほとんど変わらなくなった。
 ――消費行動でも時間価値が重視される。
 松岡 かつて物を買う行為は商品と代金の交換だったが、いまは「商品と代金+時間価値の交換」に変化した。消費者は、購入した商品を消費し尽くすまでの時間価値に対価を支払っているわけだ。宅配便を待つ時間さえ長く感じてしまういま、物流にはいかにリードタイムを短縮して無駄な時間をなくすかが求められている。

宅配80億個時代が到来

 ――スマホ普及によるEC(電子商取引)市場の急拡大で、宅配便取扱個数は年間40億個を突破。
 松岡 今後はもっと増えるだろう。あっという間に70億?80億個と倍近くに膨れ上がるのではないか。そうすると、いまの宅配便の仕組みは維持できなくなる。足元の数年間は、一時しのぎの弥縫(びほう)策として宅配料金の値上げや従業員の賃上げで対処できても、20?30年先を見据えると、現行の仕組みのままでは荷物をさばき切れなくなる恐れがある。
 ――受け取り手不在による再配達も現場の負担に。
 松岡 再配達の原因は受け取り手の不在。ならば、不在でも荷物を届けられるように受け取りをセルフサービス化することがベストだ。集合住宅だけではなく、道路沿いや駅、コインパーキングなど随所にボックスを設置し、受け取り手自らが荷物を取りに行きやすい環境をつくる必要がある。

自販機を宅配ボックスに

 ――コンビニで受け取れるサービスも増加。
 松岡 コンビニ受け取りだけでは40億個の5%程度しか処理できず、不十分だ。例えば、全国に約250万台あるソフトドリンク自動販売機の4割、100万台を宅配ボックスに置き換えれば、おおよそ40億個さばける計算だ。既存の配達員による宅配インフラと合わせれば80億個の配達に対応できる。
 ――ボックスの設置拡大が不可欠。
 松岡 1カ所当たりのボックス設置に100万円かかるとすれば、100万カ所で約1兆円。宅配会社が共用できるよう、国が公共事業として投資してもいい。

成長市場楽しく開拓

 ――受け取りのセルフサービス化で、人が人に届けるという宅配サービスの在り方が変わる。
 松岡 配達員と受け取り手の接点をあえてなくすことがポイント。全ての荷物を人に直接届けていては、物量増加とともに現場の負担がかさんでしまう。インターネット通販で購入される商品の大多数は生活必需品で、直接手渡す必要は必ずしもない。一方、送り主が高い料金を支払ってでも人に直接届けたい荷物もある。運ぶ物の付加価値を見極めて勝負するべきだ。
 ――荷物の付加価値に合わせ、サービスの選択肢を増やすことが重要。
 松岡 航空機に例えると、全乗客をファーストクラスに座らせる必要はない。誕生日祝いの花束など大切な荷物はファーストクラスで、飲料水やシャンプーならばエコノミークラスかLCC(格安航空会社)といった廉価なサービスで届けるイメージだ。
 ――企業間物流でも納品先の手待ち時間など無駄が多い。
 松岡 宅配と同じ考えで、納品先に荷物用ボックスを設置すれば、送り手と受け取り手の時間を無理に合わせる必要はなくなる。荷主とうまく手を組めば、企業間物流の変革も不可能ではないはずだ。
 ――EC市場の拡大は今後も続く。
 松岡 ほとんどの産業が横ばいで推移する中、ECほど飛躍的な成長を遂げている市場はない。だが、宅配会社は既存のネットワーク維持のために「守り」の姿勢になっているきらいがある。これからも伸びる需要を「楽しく開拓しよう」と捉えることが大事。通販企業と連携し、現場に負荷がかからない効率的な物流網を築くこともできるだろう。

異業種からブレーンを

 ――斬新な発想も大切。
 松岡 「できない」から「できる」という意識へ変革を図るには、物流に特化した考え方だけではなく、異業種の人材をブレーンとして迎え入れ、新たなアイデアやノウハウをサービスづくりに取り込むべきだろう。
 ――新規参入のチャンスもある。
 松岡 宅配ボックスを利用した配達サービスは宅配大手に限らず、新興企業や既存の物流企業が手掛けることもできる。プレーヤー同士が刺激し合いながら、提携を結んだり、M&A(企業の合併・買収)で業界再編を図ったりして、より良いビジネスモデル、サービスを追求していけば「守り」の体質から脱却できるのではないか。

記者席 〝心弾ませる〟物流へ

 「道徳を経済政策に持ち込むと失敗する。楽しくやれば必ず経済は良くなる」。証券アナリスト時代、国内外複数の小売り部門アナリストランキングでトップに選ばれたこともある実力派コンサルタント。明解な例え、斬新で具体的なアイデア、分かりやすい語り口。取材中、ハッと気付かされる場面が幾度もあった。
 「時間を節約する一方、節約で生まれた時間をどう使って楽しむかも大事になる」。スマホの普及による時間価値の変化が、単に無駄な時間を削ることにとどまらないことを教えてくれる。
 「荷物を直接届けられた受け取り手からのお礼は送り手のうれしさにもつながる。それこそ物流企業が求めるべき付加価値では」。物流は消費者や荷主の心を弾ませる機能になれると、改めて実感した。