インタビュー

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【 社長インタビュー 】

新船建造が命題 遅くとも34年就航が目標

2018年07月10日

宮崎カーフェリー 穐永 一臣 社長

 宮崎―神戸航路を運航する宮崎カーフェリー(本社・宮崎市))は3月、官民が出資する新会社に移行した。現行船2隻の船齢が20年を越え、「新会社の経営課題は新船の建造」と穐永一臣社長。ドライバー不足により海上輸送の需要が高まる中、新船の具体的なイメージや今後の事業戦略を聞いた。

3年は正念場軌道に乗せる

 ――社長就任の抱負は。
 穐永 初めて聞かされた時は寝耳に水だった。異業種からの転任で不安がないわけではない。これまで宮崎銀行、宮交ホールディングスで培った経営や財務ノウハウを生かし、新生・宮崎カーフェリーを軌道に乗せることが使命だ。
 ――3月、官民出身の新会社に移行した。
 穐永 宮崎―神戸航路の現行船2隻は船齢が21年を迎え、代替は待ったなし。一方、旧会社の業績は直近3年間は好転していたが、多額の債務が足かせとなり、建造費用を調達するめどが立たなかった。そこで宮崎県、宮崎市、地元企業、政府系投資ファンドなどが出資して新会社を設立。新船建造を進めることが目的となる。
 ――具体的なスケジュールはどうか。
 穐永 平成34年の就航を目指しているが、可能な限り前倒ししたい。最大の障壁は2隻で百数十億円に上る費用の調達。新会社は決して財務基盤が弱く、信用力は無いに等しい。実績を残すには、この先3年間が正念場。再建計画に基づき、現行船を確実に就航させ、3月に立ち上げた業務改善のプロジェクトチーム主導で貨物・旅客両部門の営業力を底上げする。31年3月期に売上高57億円、経常利益3億5000万円の達成を目指す。

「航路は宮崎県の生命線」

 ――宮崎―神戸航路は南九州の物流に不可欠。
 穐永 宮崎県の河野俊嗣知事は「フェリー事業は県の生命線」と述べている。トラック業界のドライバー不足やコンプライアンス(法令順守)を背景に、県外への農産物などの輸送のうち、7割以上はフェリーを使っている。特に宮崎発の便は平日を中心に満船で、1日当たり平均で30台前後が乗船できない状態だ。
 ――長距離輸送でフェリーの役割が高まる中、新船のイメージは。
 穐永 新船は現行船より一回り大きく、長さは195mを想定。トラックの積載能力は12m換算で現行船比30台増の160台を見込んでおり、乗船できないケースを解消したい。旅客部門は今後、個人旅行が中心となると予想されることから船室はシングル、ツインの充実を図る。インバウンド(訪日外国人旅行)の対応も検討しなければならない。宮崎と神戸は、人気の観光スポットを抱える。潜在的な需要を喚起し旅客の売り上げを伸ばす。

交流図って社内の活性化を

 ――売り上げ拡大には全社一丸の努力が求められる。
 穐永 3月の社長就任時、社員にはこれまでの経緯と同時に、宮崎県の物流を担う使命を果たすため、社員一人一人が考えて行動しなければならないと訓示した。幹部、中堅、若手の垣根を越えたコミュニケーションを図り、社内を活性化したい。
 ――フェリー事業の根幹は安全だ。
 穐永 その通り。安全、安心にフェリーを運航することは最優先の課題。例えば火災事故を想定した訓練なども定期的に実施している。揺るぎない安全文化を築いていく。

記者席 地元宮崎のため

 フェリーの思い出は学生時代までさかのぼる。仲間と酒を酌み交わして雑魚寝。「寝ていた記憶しかない」と苦笑い。社長就任が内定し、夫婦で神戸まで乗船した。夜明けとともに広がる船上の景色に魅了された。「船旅は開拓できる」
 宮崎銀行、宮交ホールディングス、宮崎カーフェリーと〝宮崎〟を冠とする企業との縁に恵まれた。さらに県内の物流、観光を支える航路の存在に「責任は重いが、地元への恩返し」と決意を固めた。
 頼りになるのは社員。いまも昔も変わらずコミュニケーションを重要視する。銀行員時代はゴルフ、酒、マージャンが武器だった。いまは社長室の扉を常時、開放する。船頭として全社をまとめ、新たな航海に挑む。