インタビュー

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【 インタビュー 】

「過労死ゼロ」念頭に規制を 健康維持できる勤務時間に 

2016年03月22日

関西大学 森岡 孝二 名誉教授

長時間労働を強いられるトラックドライバー。ようやく国は昨年夏、事業者や荷主、有識者を交えた協議会を立ち上げ、労働環境の是正に取り組む。過酷な労働現場や過労死問題に携わる関西大学の森岡孝二名誉教授は「議論の柱に過労死ゼロを外してはならない」と強調。「行き過ぎた規制緩和は安全を軽視している」と再規制の重要性を語る。

過労自殺件数は右肩上がり

――日本人は昔から長時間働くイメージが強い。
森岡 さまざまな職場で1日10時間を超える過重労働が散見される。長く働けば働くほど、疲労とストレスが蓄積し、最悪の場合は死に至る。過労死は、過去の問題ではない。
――過労死の定義は。
森岡 大きく2つ。1つは、過重労働で「脳・心臓疾患」を発症し〝過労死〟に至るケース。もう1つは自殺。若年層に広がる、過労とストレスが重なり、うつ病を発症し死に至る「精神障害」が〝過労自殺〟だ。重大な後遺障害も過労死などに含まれる。
――現状は。
森岡 深刻な事態が続いている。厚生労働省によると、平成6年度の過労死に関わる労災請求件数は763件、過労自殺は1456件だった。直近10年間では、過労死は高止まり、過労自殺は右肩上がりで推移している。
――国の対策は。
森岡 「過労死110番」が昭和63年に大阪から始まった。国は平成11年、過労自殺の認定基準(判断指針)を制定。議員立法で「過労死等防止対策推進法(=過労死防止法)」が26年に成立した。30年近い年月を経て本腰の防止対策が進み始めた。
――過労死防止法の意義は。
森岡 「過労死ゼロ」を目標に国の責務を明確化した。また、国民の自覚を促すため、教育や広報で広く啓発を行っている。昨年7月には、過労死防止対策を効果的に進める大綱を決定した。
――一方、国は先の国会で労働基準法改正案を提出。「残業代ゼロ法案」とも呼ばれる。
森岡 政府は、「高度プロフェッショナル制度」の創設と裁量労働制の拡大を目指している。どちらも長時間労働を助長する危険性をはらむ。一部の職種と年間1075万円以上の所得者に限っているが、すぐに対象者が拡大されるだろう。

長時間の根源サブロク協定

――長時間労働はなぜ許される。
森岡 「サブロク協定」の規定がある。労働基準法第36条に従って労使協定を結べば、法定労働時間(1日8時間、週40時間)や休日に関係なく労働させることができる。つまり、法定時間を超えて無制限に労働させることが可能となる。大企業は協定を結んでいるが、中小零細企業は結んでいないケースが多い。

規制強化は健全化に不可欠

――サブロク協定の見直しは進まないのか。
森岡 過労死防止法の大綱では見送られたが、重要な課題。インターバル休息制度の導入、年次休暇の完全消化、連続休暇の取得も課題として挙げられる。まずは超長時間労働の実態を把握し、過重労働の解消につなげなければならない。

過労死基準は月80時間残業

――過労死に至る目安は。
森岡 過労死認定基準では、①複数月の平均で月80時間以上の時間外労働②発症または死亡した場合、直近1カ月で100時間を超える時間外労働――の2種類。厚労省は、基準を超えると脳・心臓疾患を発症するリスクが非常に高くなるとしているが、この基準を超えるサブロク協定は多い。
――トラック業界も長時間労働の職種だ。
森岡 宿泊業・飲食サービス業、情報通信業と並ぶ。就業構造基本調査(約100万人対象)によると、年間200日以上働く道路貨物運送従事者は約102万人。そのうち、週60時間超が約4割を占める。年間300日以上では16万人に上り、週60時間超は半数を超えている。業界の長時間が常態化している証しだ。
――過労死は必然的に増える。
森岡 脳・心臓疾患の労災請求件数は120件(平成26年度)と際立っている。同時に、過重労働による睡眠不足で事故を起こすリスクが高まり、社会的損失が膨らむ。過労死防止法の適用で考慮すべき課題だ。
――解決に向けては。
森岡 昭和60年代から平成にかけてのバブル経済当時、交通事故死者数と過労死の被災者はそれぞれ約1万人だった。飲酒運転の厳罰化など取り締まり強化で交通事故死者数は4000人台まで減少した半面、過労死・過労自殺が減ったデータはない。過労死も行政の監視強化で減らせる可能性は高い。

優良事業者を評価せよ

――具体的に講じる手段は。
森岡 ①法令順守②優遇措置③行き過ぎた規制緩和の是正――の3つ。中小企業からは、「法令順守は死活問題」との声が挙がるが、見当違い。同じ基準、同じ土俵、同じ規制であれば利益不利益は生じない。順守する事業者が割を食わないよう、助成や税制上の優遇などで評価するシステムが求められる。
――業界の規制緩和はいろいろな弊害を生んだ。
森岡 行政は安全基準を最優先に規制緩和を見直さなければならない。議論の大きな柱には「過労死ゼロ」を据えて、従業員が安全・安心に働ける環境づくりが必要。
――安全面では労働時間管理も重要。
森岡 1日の枠は24時間で、誰も超えることはできない。いまの1日の勤務時間が健康を維持できるものかどうか議論してほしい。1週間や1カ月の法定労働時間を基に、1日の勤務時間を弾力的に運用することは決して望ましくない。全事業者が必ず順守する制度構築を望む。

(略歴)
もりおか・こうじ=昭和19年3月24日生まれ、71歳。大分県出身。41年香川大経卒、44年京大院博士課程退学、58年関大経済学部教授、平成25年名誉教授。専門は株式会社論、企業社会論、労働時間論。NPO法人「働き方ASU―NET」代表理事。『雇用身分社会』『働きすぎの時代』(岩波新書)など著作多数。

 

記者席 「安心・安全を脅かす」

関西大学を平成25年に定年退官後、NPO法人「働き方ASU―NET」を拠点に過労死・過労自殺の根絶に向け、調査研究や支援活動を続ける。「過重労働は日本社会の安心・安全を脅かす重要な問題」。心に響く言葉だ。
親族が長崎県佐世保市で水産倉庫を経営。首都圏など全国各地からトラックが発着する中、地元の零細の運送会社も出入りしていた。だが、事故で廃業。「零細事業者が1事故で倒産に追い込まれるのは法令違反が多い証」と、事業参入の低い基準を問題視する。
「長距離輸送を合理化する余地はまだまだある」とリレー(中継)輸送の重要性を熱弁。業界の体質そのものに疑問を投げ掛けた。(遠藤 仁志)