インタビュー

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【 グローバル物流特集・パートⅠ 】

特別インタビュー~世界貿易の行方~ トランプ関税、問題多く 自由・無差別の原則反し

2025年08月19日

早稲田大学 浦田 秀次郎 名誉教授(経済産業研究所名誉顧問)

 世界中が米トランプ政権の関税政策への対応に追われている。発表内容が転々とする中、早稲田大学の浦田秀次郎名誉教授は「世界貿易制度の原則に反する非常に大きな問題」と指摘。CPTPP(包括的・先進的環太平洋経済連携協定)をはじめとする経済連携協定を広げることが重要とし、「今こそ日本がリーダーシップを発揮するべき」と強調する。

 ――各国がトランプ関税への対応に追われている。
 浦田 トランプ関税により、これまでGATT(関税貿易一般協定)と後継機関のWTO(世界貿易機関)体制により築かれてきた世界貿易体制が危機に瀕している。WTO体制は以前から問題を抱えているが、今回の関税政策はさらなる混乱を招き、世界経済の成長を減速させる可能性がある。
 ――何が問題なのか。
 浦田 トランプ関税はGATT・WTOの「自由」「無差別」という基本原則に反する政策だ。自由はWTOで決められた関税率より、自国の関税率を基本的に上げないということで、それを無視している。WTO加盟国を平等に扱うことを定めた無差別についても、相手国により全く異なる関税率を適用している。
 ――過去を振り返っても例のない政策。
 浦田 1948年にGATTが発効されて以降、米国が中心となり、国際ルールの構築と関税の段階的な引き下げを行いながら、世界貿易体制が築かれてきた。一方、トランプ関税はそれを完全にひっくり返す政策で、米国大統領が行ったことは問題と言える。米国は各国と貿易に関わる協定を締結しているが、それらを無視している。日本とは日米貿易協定、カナダとメキシコとはUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)を結んでいる。

経済減速の可能性も

 ――米国経済にどんな影響を与えることが考えられるか。
 浦田 関税により、インフレが進行し、消費が抑制されるなどの指摘があるが、現時点では顕在化していないようだ。だが、保有する在庫がなくなり、各国からの輸入で商品が供給されるようになれば、インフレが進む可能性がある。結果として消費が抑制され、米国経済が減速することが考えられる。
 ――世界経済に与える影響も大きい。
 浦田 日本とEU、日本と中国のように米国を介さない貿易の関税率に変化はなく、世界大恐慌を引き起こすようなことはないだろう。一方、世界の貿易に占める米国の割合は輸出入を合わせ、平均10%ほど。各国の米国向けの輸出が伸び悩むことで、世界経済の減速をもたらす原因になり得る。
 ――日本でも経済減速への不安が募る。
 浦田 例えば、自動車関連産業に関わる従事者は約550万人おり、この数字は被雇用者数の約1割に当たる。自動車産業の生産が低下すれば、働く人たちにとって大きな負の影響が発生する。

人為的行動で不透明感

 ――自由貿易が難しくなりつつある。
 浦田 米国一極支配で、政治経済が安定していた時代は、自由貿易の追求が世界経済の発展で望ましい形として捉えられてきた。だが、最近は地政学や政治経済など、人為的な行動により不透明感が増した。各国で経済安全保障に重点が置かれるようになり、自由貿易の遂行が難しくなった。
 ――どういうことか。
 浦田 最近は地政学的リスクなどの高まりにより、「非常時にどうしたらいいか」を考えながら貿易を行わなければならなくなった。自由貿易だけを遂行すると、経済安全保障上、大変な事態が起こる可能性もあり、追求することが非常に難しくなりつつある。

日本のけん引役に期待

 ――不透明な時代の中で自由貿易を進めようとする動きも続いている。
 浦田 2018年に発効したCPTPPは自由貿易の一つの到達点と言える。CPTPP加盟国間の貿易に限定されるが、自由化がハイレベルで、関税も一定期間を経た後、全て撤廃するというルールがある。知的財産権、投資、労働に関するルールなどの包括的な内容も盛り込まれ、アジア太平洋地域に貿易自由化のルールが構築されたことは意味がある。
 ――CPTPP加盟を目指す国も増えている。
 浦田 「第2のWTO」の規模まで成長させることが望ましい。WTOでは、加盟国が全会一致でなければ物事を決めることができない課題があるのに対し、CPTPPは同志国の間でできることから決め、取り組みを拡大させる手法を取っている。昨年加盟した英国には厳しい審査を行っており、良い先例として、全てのルールを順守できることを確認した上で加盟国を広げていけばいい。

可視化がポイントに

 ――経済連携の動きを広げる必要がある。
 浦田 日本が強いリーダーシップを発揮しなければならない。米国との交渉も重要だが、自国の利益だけを考えていいのか。不透明な時代だからこそ、日本が世界の自由貿易体制を維持・推進する役割を果たすべきで、特にアジア諸国からかかる期待は大きい。
 ――トランプ関税や高まるリスクの影響を踏まえ、企業は今後どう対応するべきか。
 浦田 設備投資や研究開発投資を駆使し、競争力のある商品を開発することが重要になる。競争力があれば、さまざまなリスクが高まっても輸出することができる。同時に、リスク察知能力も高めなければならない。さらに経済安全保障を集中的に行うような部署をつくるなど、いろいろな形でリスクに対応することが競争力を高める。
 ――物流企業にも同様のことが言える。
 浦田 グローバルサプライチェーンを多元化・強じん化することも競争力強化につながる。そのためにはサプライチェーンの「可視化」を進め、どう取り組むかを判断することから始めたい。
 ――政府に求められる対応は。
 浦田 実際に多元化・強じん化を進めるのは企業だが、政府はリスクを減らすとともに、リスクに関する情報を伝える役割が求められる。特に中小企業は自助努力で対応することが難しい。官民で積極的に意見交換を行うとともに、収集した情報を業界団体などを通じて周知するといった関係を構築する必要がある。