インタビュー

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【 インタビュー 】

社会崩壊、物流で防げ! 高齢化時代の成長産業 

2015年09月29日

京都大学大学院 翁 邦雄 教授

 第二次安倍内閣の経済政策「アベノミクス」で日本の景気は底を打ったが、伸び悩みが続く。翁邦雄京都大学大学院教授は、持続的な経済成長には「高齢化と労働人口減少への対策が必要」と指摘する。その上で、「高齢化と単身世帯の増加で、物流ニーズはますます高まる。物流は成長産業だ」と言い切る。今後の日本経済と物流産業の行方を聞いた。

 ――日本経済の現況をどう見るか。
 翁 第二次安倍内閣の経済政策「アベノミクス」は出足好調で、失業率の改善、有効求人倍率の好転などの成果があった。だが、実質GDP(国内総生産)は530兆円(平成25年7~9月)から529兆円(27年4~6月)と、ほとんど増えていない。
 ――実質GDPが伸びないのは。
 翁 個人消費に勢いがない。26年4月の消費増税の影響だけでなく、アベノミクスで円安が1ドル=120円前後まで進んだことが大きい。輸出企業を中心に企業収益は好転したが、食料品の値上がりなど円安の副作用が国民を直撃し、個人消費が抑制された結果だ。
 ――デフレ脱却が図られ、景気高揚感が一部で見られた。
 翁 消費者物価は、長期間おおむね横ばいでGDP成長率も低かった。だが、2000年代の労働力人口一人当たりのGDP成長率は米国より高い。問題は、原油価格高騰、家電産業の国際競争力低下などで交易条件が悪化したこと。結果、所得が大きく海外に流出し、国民に生活好転の実感が得られなかった。

景気を支えたのは公的需要

 ――円安が進行し、株価が呼応するように上昇した。
 翁 24年12月の総選挙で、野党党首だった安倍氏が円安誘導を明言し、円安が一気に進行した。自国通貨の切り下げは貿易相手国の経済悪化につながりかねず、首相に就任すればこの発言はできない。良いタイミングだった。円安で輸出企業の収益が好転。株価は上昇し、一気に明るい雰囲気になった。「株価はアベノミスの生命線」と表現されるのも、株価上昇が好況感をつくり出すからだ。
 ――日銀の大規模金融緩和で円安が進行したのでは。
 翁 円安の起爆剤は、安倍総裁発言で、半年後に日銀が異次元緩和を実施した後の為替相場は一進一退の動きだった。金融政策が円安を後押ししたのは、26年10月の追加緩和。だが、この時の円安効果は原油安を相殺することにもなった。
 ――日本に変化は起きたか。
 翁 企業収益は好転したが、工場の海外移転など生産構造の変化で期待されていた輸出は伸びず、貿易収支は悪化した。また、食料品など輸入価格の値上がりが家計を圧迫し、消費は伸び悩んでいる。財政拡大による公的需要で景気を支えてきたのが実態で、円安では成長率は高まらなかった。

人口減・高齢化成長の足かせ

 ――日本経済成長の課題は何か。
 翁 長期的には、需要不足より供給力不足が問題だ。アベノミクスは総需要拡大政策を推し進めているが、成長率の天井が下がってきている。今後は、大幅な需要不足が成長の抑制要因になるとは考えにくい。
 ――供給力不足とは。
 翁 日銀推計によると、供給力の指標である潜在成長率は、アベノミクス導入後も下振れている。今後も、人口減少と高齢化の進展による労働力人口の減少は、深刻な成長制約要因になるだろう。
 ――政府は生産性向上を掲げ、労働力人口減少に備えている。
 翁 団塊の世代の退職で差し引き毎年約80万人の労働力が減る勘定だ。省力化投資など機械に置き換えることで供給力を維持できる部分もあるが、代替しにくいサービスもある。
 ――人口が増加に転じることは考えにくい。
 翁 政府は努力目標で出生率の改善を掲げるが、成功しても減少が止まるのは何十年も先。ケインズは「人口減少は正確に予見できるが人間はそれによる社会変化を受け入れられない」と言った。日本では長年、出生率の改善が予想され、外れ続けてきた。年金設計などはこの出生率急回復を前提としてきた。

健康寿命伸ばし需要創出を

 ――成長戦略で必要なことは。
 翁 まず、健康寿命の延びを寿命に追い付かせることだ。高齢者が、自立した生活を送る期間を伸ばすための技術革新や社会構造の変化は需要拡大につながる。介護離職を減らし、医療費抑制にもつながる。同時に、前期高齢者が労働できる環境づくりや女性の活用も必要。
 ――女性の活用とは。
 翁 30代前後で女性が離職するM字カーブは依然として、日本の特徴。子育て・介護が女性の離職につながることを回避しなければならない。

消費者は適切な対価を

 ――労働力人口の減少は労働集約型の物流業界に大きな影響を与える。
 翁 人口減少、高齢化で労働力人口は減る。ドライバーは3K(きつい、汚い、危険)イメージもありなり手が少ない。給与面の低下も要因の一つ。だが、高齢者の増加は高度な物流ニーズを大いに高める。
 ――どのようなことか。
 翁 「物流は激増する高齢単身者の生命線になる」ということ。これからの高齢者はインターネットが使える。足腰が弱くなっても、インターネットで指定した時間に欲しい物が届けば、生活できる。宅配ニーズは極めて高くなる。
 ――なるほど。
 翁 現状の問題は、消費者が高付加価値の配送サービスにふさわしい料金を払う意識がないこと。「配送無料」という言葉は消費者に誤った認識を定着させている。同時に、物流事業者が取り組まなければならない課題も多い。

個配は生命線IT化導入を

 ――例えば。
 翁 私が勤めていた日銀は、どんな災害が発生しても、必ず銀行券を供給しなければならずBCP(事業継続計画)が強く意識されていた。高齢者の生命線を握る物流も強靭(きょうじん)でなければならない。一方、職員削減で日銀の発券センターの巨大金庫では、庫内物流は徹底した無人化が図られてきた。物流業界も人口減少社会で、きめ細かいサービスを求められことになるため、自動化の限界が試される機会も増えるだろう。
 ――業界の中長期の課題は。
 翁 物流は成長産業。だが、今後の顧客ニーズは質的にも高度化していくため、人海戦術で請け負っている限り業界は疲弊する。長期的に考えると、例えば、IT(情報技術)化の導入で実用化に向けた取り組みが進む無人運転車や、ドローンによる個別配送も課題になり得る。現実を踏まえた上で、将来、使える可能性のある技術動向には目配りしておくべきだろう。物流は、今後の日本社会の崩壊回避の鍵を握っている。ぜひ頑張ってほしい。

記者席 旺盛な知識欲

 「物流をより深く勉強したい」――。インタビュー後に一言。
 日銀を退職後は、京大大学院で教壇に立つ。金融論や中央銀行論など自身の経験を基に講義している。ある日、研修室内の警報装置が作動し、警備会社の警備員が駆け付ける事態に。特に異常はなかったが、警備員と話し込み、業界の実情を聞き取った。「さまざまなことを知りたくて、ついつい取材してしまう」
 インタビュー中に逆取材も。テレビショッピングやインターネット通販で「〝送料無料〟は誤っている」。記者が〝配送費当社負担〟を提案すれば、即座に同意。物流業界の構造、実態などへの質問が飛び、いつの間にか聞き手と受け手が逆になっていた。
 「日本経済を支えているからこそ、物流の本質を探りたい」。どこまでも知識欲は旺盛だ。

(略歴)
 翁 邦雄氏(おきな・くにお) 昭和26年4月23日生まれ、64歳。東京都出身。49年東大経卒、日本銀行入行、平成4年調査統計局企画調査課長、10年金融研究所長、21年京大公共政策院教授。専門は金融論。主な著書に『期待と投機の経済分析 バブル現象と為替レート(東洋経済新報社)』『ポストマネタリズムの金融政策(日本経済新聞社)』など多数。(遠藤 仁志)