インタビュー

【 全ト協・事業者大会特集 巻頭インタビュー 】
幸福追求し地位向上を 経営者の人間性が鍵に

2024年10月01日
慶応大学・武蔵野大学教授
前野 隆司氏
トラックドライバーは一人の時間が長い。長時間の手待ちやBtoBの仕事の中では感謝を伝えられる機会は限られ、幸福感を得られにくいともいわれる。慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の前野隆司教授は身体的、精神的、社会的に良好な「ウェルビーイング(良い状態)」を企業も導入する必要があり、「従業員を〝良い状態〟にするため、経営者は率先して努力するべき」と指摘する。
―ウェルビーイングとはどういう考え方か。
前野 身体的、精神的、社会的に良好な状態を指す。世界保健機関(WHO)が提唱する健康の定義だ。体の健康だけでなく心や社会的関係性でも良い状態であることが必要になってくる。
―具体的には。
前野 働くこと一つ取っても楽しんでいるか、そうではないかで感じ方は異なる。生活のためにだけ働いているのは良い状態とは言えない。共に働く仲間や家族などと良好な関係を築いているかも重要。住んでいる国や場所の安全性といった要素も含んでいる。
―さまざまな企業で注目され始めている。
前野 多くの企業から講演依頼が増えている。ウェルビーイングの実現は、生産性や従業員の定着など企業にとって重要な指標にも影響を与えると分かってきたからだ。
―業種によって達成のしやすさが異なる。
前野 研究によると、顧客との距離が近く、直接感謝を伝えられることの多い(税理士や弁護士などの)士業や接客業は幸せを感じやすい。逆にトラック業界などBtoBの職業は、幸福度が低くなりがちかもしれない。
ポイントは「利他的」
―解決策は。
前野 どんな業種でも実現できるのが幸福で、仕組みをちゃんとつくって導入すれば実現できる。実際に、過酷とされる廃棄物処理業や冠婚葬祭業の企業でも、幸せな企業はある。どんな業種でも誰かの役に立っており、全ての仕事が幸せであることが可能だ。
―必要なのはどんな仕組みか。
前野 従業員が仕事のやりがいや人とのつながりを実感でき、顧客からの感謝を伝えやすくするような職場づくりだ。トラックドライバーは商慣習上、長時間の荷待ちや荷役作業が避けられないと聞く。従属度が高いと感じると、幸福度が下がってしまう。まず、ドライバーの労働環境を是正する努力は必要だ。
―幸福度を高めるヒントは。
前野 幸福を感じやすいポイントの一つに「利他的」であることが挙げられる。ドライバーの仕事は、まず顧客のためだが、その先にいる消費者の役に立っている。物流は産業の基本。ドライバーがいるからこそ、産業が回っている。そういう意味で、本来トラック業界は幸せになれる業界。
―創意工夫を促すことも有効だ。
前野 ドライバーの工夫・改善が、実際に役に立っているという実感を得る仕組みが役立つ。会社ぐるみでの取り組みが重要だ。
責任を持って交渉を
―ただ、ドライバーがそういった体験をする機会は少ない。
前野 職場環境については、経営者が責任を持って取り組む必要がある。荷主との交渉は経営者がするべき仕事と言える。加えて、荷主と接する立場として、顧客からの感謝の言葉を伝えてはどうか。単にモノを運んでいるのではなく、誰かの役に立っているという「ストーリー」を、ドライバーに伝えるとよい。
―社内ではどんな手段が考えられるか。
前野 狭い視野では不幸になりやすい。従業員の視野を広げることが有効だ。手段としては、社訓の共有などが挙げられる。大きな理想を目指すというのは、視野を広げるのに役立つ。企業として一体感の醸成にもつながる。良い社訓が根付いていれば、「運転するばかりで、つらい仕事だ」とドライバーも思わない。
―伝える力が経営者に必要。
前野 理念を共有するには、経営者が本気になる必要がある。経営者が社訓を読み上げる時、涙を流すほどの真剣さが必要だと言う人もいる。経営者の熱意が伝わり、社員のやる気が高まっている企業が良い企業と言える。日頃から苦労話や失敗談など、腹を割って社員と話すことも効果的だ。
―社訓の読み上げのような一体感が、かえって若者に嫌がられる心配はないか。
前野 従業員から「あの人に付いていきたい」と思わせる人格が重要だ。そのためには、まず社員への思いやりを持ってほしい。経営者の人間性が鍵を握る。経営者が本当に尊敬できる人なら、社員も経営者のようになりたいと思える。経営者の人間性以上には、社員はなれないといわれている。
人格磨く努力を
―経営者は人間性を磨き続けねばならない。
前野 経営塾やロータリークラブなど人格を磨く場を持つとよい。経営者だからこそ、機会も多くあるはずだ。経営者がウェルビーイングを追求することは、社内に良い影響も及ぼす。経営者がつまらなそうに働いたら、部下も仕事に対して同じようにつまらなく感じる。
―職場環境は幸福度に影響する。
前野 ある研究では、個人の幸せには配偶者との関係よりも、上司との関係の方が寄与するとされる。職場にいて長い時間を共に過ごしているのだから、当然とも言える。経営者や管理職が自分もウェルビーイングな状態であるのは、従業員のためになる。会社を良い状態にし、業界を良くするのは経営者の仕事だ。
―経営者一人一人が業界の地位向上に向けた役割を担っている。
前野 トラック企業の経営者は今こそ視野を広げ、荷主と話し合いながら、自らの地位向上をしていく活動が必要だ。中小企業でも、堂々と業界全体の地位向上のために取り組むべきだ。同業他社と連携して好事例をシェアするなど、やれることはたくさんあるはず。経営者は真剣に取り組んでほしい。