インタビュー

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【 トラック特集・インタビュー 】

運転手の「健康」最優先 長時間労働是正に一手

2024年03月26日

労働政策研究・研修機構
藤村 博之 理事長(法政大学名誉教授)

4月からの残業上限規制に合わせ、適用される改正改善基準告示。ドライバーの働き方に密接に関わり、運送企業は法令順守が不可欠となる。労使代表と共に検討を重ね、改正内容をまとめた労働政策研究・研修機構の藤村博之理事長はポイントに拘束時間の短縮を挙げ、「ドライバーの健康を守る視点が必要だった」と強調する。

―約3年間にわたる議論を経て、トラック業界に持った印象は。

藤村 長時間労働というのが第一印象。年3300時間の拘束時間は他産業よりかなり長い。荷待ちについては特に着荷主の問題を強く感じた。委員から、配達時間を指定しているにもかかわらず、荷主都合でドライバーが長時間待たされているという意見もあり、疑問を覚えた。

―長年、業界では深刻な人手不足が続く。

藤村 賃金の低さに原因があるのだろう。議論の中で、1990年の規制緩和で企業数は急増した半面、物量はほぼ変わらないとの話を聞いた。運賃の値下げ競争はドライバーの賃金に反映される。さらに長時間拘束される状況では、人が集まらないのも納得がいく。

―議論に携わり、物流への考えも変わった。

藤村 国として物流政策の弱さがあったと感じる。本来はトラック、鉄道、船舶といった各輸送モードを組み合わせていくことが理想的だが、例えば鉄道では、国際コンテナを積んだ貨物列車がトンネルを通過できない箇所があるなど、インフラ整備に課題もあると聞く。日本全体の物流をどうするかについて、十分でなかった部分もあるのではないか。

―改正改善基準告示の適用がドライバーに与える影響をどう考える。

藤村 道路貨物運送業の脳・心臓疾患の労災支給決定件数は他産業に比べて圧倒的に多い。長時間労働が主因なのは明らかで、そこに規制をかけ、ドライバーの健康と安全を守るという視点が必要だった。一方で、規制により賃金が減少すれば、さらなる人手不足が生じる。労働時間の短縮を図りながら、いかに物流を途切れさせないかも重要で、企業の知恵と努力が必要になる。

―改正のポイントは。

藤村 原則は13時間以内だが、労使協定を結んだ場合も1日の拘束時間を最大15時間に制限した。長時間労働の連続を防ぐため、14時間を超える回数を週2回までとする目安や、連続することは望ましくないという文言も加え、ドライバーの健康を守ることに重点を置いた。

―休息期間も現行より1時間長くなる。

藤村 議論で(疾病などから)ドライバーが運転中に気を失うという話もあった。そうなると安全に加え、大渋滞による経済的な損失も与える。休めなければ注意散漫の原因となるので、休息期間も相当議論した。

企業存続関わる問題

―今回の改正内容で過労死防止対策が十分かという声もある。

藤村 委員から年間拘束時間を最大3400時間にしても、休日出勤が複数回ある場合、過労死ラインを超えるとの意見はあった。だが、これは各社の運用で対応してもらうしかない。ルールの順守は大事だが、単純な数字だけでなく、いかに企業が従業員の健康管理に責任を持つかが問われることになるだろう。

―企業の対応がこれまで以上に重要に。

藤村 ドライバーの獲得競争は激しく、この会社で働き続けたいと思ってもらえなければ、定着は期待できない。経営者がドライバーのことをしっかり考え、気持ち良く仕事ができる条件が整っているなら、長く働き続けようと思ってもらえるはずだ。企業を経営する上で、これをしっかり行う必要がある。

―その基準の一つとなるのが改善基準告示。

藤村 近年、サステナブル(持続可能)が重視されている。個人差はあるだろうが、健康な状態で働き続けるには条件があり、客観的にこれ以上はまずいという最低限がある。これまであまりにも長時間労働が可能になっていたので、今回の改善基準告示の改正で下げることとした。

適切な時間・量見極めを

―改正改善基準告示を守る上で、運送企業に求められることは。

藤村 経営者は売り上げを確保するため、依頼された注文を全て受けたいのは分かるが、適切な時間で運べる量を超えてしまうこともあるだろう。ドライバーに無理をさせて今年は乗り切れても、来年同じことができる保証はない。しわ寄せが大きければ従業員は離れる。適切な時間や仕事の量を考えてほしい。

―断る勇気が必要。

藤村 従業員の健康被害を出してまで経営を続ける必要はあるのか。そうしたことを続ければ人は集まらず、企業としても困る。人手不足が深刻化する中、適正な時間や量を超えるのであれば、荷主に「これ以上は運べない」ことを言ってほしい。改善基準告示が変わることで、法令を順守できない注文に対し、断りを入れやすくなったのではないか。

遅滞ない荷受けが鍵

―適正な取引価格も不可欠に。

藤村 運送に限らず、日本の企業は一般的にプライシング(価格設定)がうまくないといわれる。価値に見合わない価格設定を続けた結果、賃金が上がらず、下請けが我慢せざるを得ない状況を生んだ一因になっている。

―トラックも同じ。

藤村 例えば、理想的な冷媒と考えられたフロンガスのように、一時期は良いと思ったことも長い時間軸で見ると、それが原因で生活が脅かされることにつながることがある。トラックも規制緩和以降、価格競争によって運送費は下がり、荷主も消費者も(恩恵を)享受してきた。だが、現在は輸送力低下が指摘されており、物流も同じことが言えるだろう。

―荷主も考え方を変えなければならない。

藤村 発荷主の意識は変わりつつあるが、課題は着荷主。運ばれてきたモノを遅滞なく荷受けする計画を立てることが不可欠と言える。これまでは待たせることへの意識が低く、ここを改善する必要がある。

―どんな対策が考えられるか。

藤村 議論で委員からタクシーメーターのようにメーターを回し、一定時間ごとに料金が発生する仕組みがあれば、荷主も計画通りに受け入れるのではないかとの話があった。それくらいのことは必要で、30分ごと、1時間ごとに料金を収受していけば、意識も変わるのではないか。

残業年720時間目指し

―消費者についてはどう考える。

藤村 モノには適正価格があり、運んでもらうには運賃が発生する。その意味で送料無料という表記は改めなければならない。少なくとも「送料は当社負担」の表記が不可欠で、消費者も販売企業に対し、「送料無料はおかしい」との声を上げていくことが本来の在り方だろう。

―業界は今後、残業を一般と同じ年720時間までとすることを目指していく。

藤村 他産業では年720時間でも長過ぎるのではないかとの議論はあるが、各業種で特徴がある。トラックは一般と同じ残業上限時間にすることが目標となる。これに合わせ改善基準告示を見直すのであれば、(4月から適用される内容より)さらに総拘束時間の上限を下げることが必要だろう。

―かなりハードルが高いのでは。

藤村 物流の仕組みを変えていく必要がある。例えば、コンビニ配送では環境負荷低減と残業上限規制の対応を両立するため、多頻度納品を見直す動きなどが出てきた。こうした取り組みを一歩も二歩も進めなければ、年720時間の目標達成は難しい。

―関係者全体で協力しないと実現しない。

藤村 命に関わるような緊急性の高いモノはすぐに運ぶ必要があるが、中には急がなくてもいい荷物もあり、工夫することが重要ではないか。目標達成には運送企業だけでなく、発・着荷主の協力が不可欠だ。荷主もより真剣に物流を考えなければ、残業上限規制をクリアすることはできない。

【解説】ちょっと振り返り

職業ドライバーの労働条件を改善するため、拘束時間、休息期間、運転時間などを定めた告示。働き方改革関連法を審議する中、2018年、衆参両院の厚生労働委員会で、過労死防止の観点から改善基準告示の見直しが付帯決議で盛り込まれたのを受け、翌19年12月に議論を開始した。

トラックの議論は、労働政策審議会の「自動車運転者労働時間等専門委員会」「トラック作業部会」で実施。運輸労連と交通労連が労働者代表、全日本トラック協会が使用者代表委員となり、計2回の労働実態調査などを行いつつ、約3年間、改正内容を検討した。公益代表の藤村理事長が委員長と部会長を務めた。

4月に適用される改正改善基準告示は、現行の内容を大きく変更した。例えば、総拘束時間は原則年3300時間で今より216時間短縮。延長しても最大3400時間までとなる。休息期間も継続11時間以上与えるよう努めることが基本で、継続9時間を下回ってはならない。連続運転時間のうち、運転の中断はおおむね10分以上とし、中断の間は原則休憩という文言も加わる。

改善基準告示は国土交通省も監査で使う指標の一つ。運送企業による法令順守は必須で、大きな違反があった場合は行政処分の対象となる。