インタビュー

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【 インタビュー 】

〝宇宙から〟環境を見つめる 物流は「人類の血液」

2015年07月22日

東京理科大学 向井 千秋 副学長(元・宇宙飛行士)

 物流業界は優れた環境性能を持つ機器の導入やエコドライブなど、業界全体で地球環境問題に取り組んでいる。だが、「黒煙を吐くトラック」のイメージはなかなか拭えない。元宇宙飛行士で、東京理科大学副学長を務める向井千秋さんは業界の取り組みを「先進的」と称賛。「もっと胸を張ってアピールするべき」と話す

宇宙から人の営みが見える

 ――宇宙から地球を眺めた感想は。
 向井 壮大な景色。自然は大きいものだと感じた。何万年、何十万年という単位で動く地球の歴史から見れば、人間の一生は百年足らずで本当に短くちっぽけ。心が洗われ、視野や考え方が広がった。
 ――人間ははかない。
 向井 そう。だが人間が焼き畑をすれば地上には煙がたなびき、森林を伐採すればそこがはげて見える。船が海を渡れば熱せられた空気が雲をつくる。人間一人一人は見えなくても、人が生きているのが分かる。
 ――やはり青いのか。
 向井 昼間の地球は青かった。一方で、夜の地球はダイナミック。雷は下から見上げるといわゆる稲妻型だが、上から見下ろすと違う。暗雲の中にアメーバ状の雷がうじゃうじゃと動いていた。
 ――その地球の表面で人は暮らしている。
 向井 宇宙から見ていて思ったのは、人は土地に密着して生きているものだということ。そして人の営みは、空気や水など環境によって支えられている。狭い地球上で暮らしていると、空気や水が無制限にあると思い込みがち。ところが、視野を広げると、たかだか10kmぐらいの薄皮まんじゅうのような層。その少ない資源を人類は共有している。
 ――限りある資源。
 向井 例えば、大気汚染は一つの国や地域に限定されるものではない。中国のPM2.5(粒子状物質)が風向き次第で日本に飛んで来るように、火山の噴火も周囲に影響が及ぶ。ちっぽけな池に自分が住んでいると自覚すれば、そこを汚すことがどんなに大変なことか分かる。地球はいまの72億人の人口が住むには小さくなってきたということだ。

PRで業界のイメージ刷新

 ――物流の取り組みも影響を及ぼす。
 向井 そういうこと。日本のトラック業界は、排ガス問題で大気汚染のやり玉に挙げられ、改善のための努力を重ねてきた。先進機器を導入し、高い費用も掛けている。一つ一つの取り組みは小さいかもしれないが、業界全体では大きな影響力を持つ。もっと外に向けてアピールするべきだ。
――努力と成果を外部に発信する。
 向井 まずは顧客と消費者。例えば、私たち宇宙飛行士は、税金を使って活動している。だから納税者に向かって「こんなに役に立つんですよ」と報告し、税金を使うことに理解を求める。物流も、業界内にとどまらず、外側の世界へ発信してほしい。

高め合う競争をさらに

 ――業界の外への発信はどんなふうに。
 向井 例えば機器。自動車業界はそもそも環境分野では先進的だ。さらに、エコドライブなど個々のドライバーの取り組み。正当にドライバーを評価し、世界的にも優れた活動をしているということを広めてほしい。そうすれば、イメージの向上、ひいては人を呼び込むことにもつながる。あまり良くない物流業のイメージを変えていける。
 ――業界では人材不足が深刻。
 向井 なぜドライバー不足は起きるのか。体力的にきついからだ。トラック業界にはきちんとした労働時間規制がある。企業側からすれば規制でも、労働者の側からすれば守られていることになる。前向きに捉え、一人一人の労働時間を減らせれば安全性も高まる。
 ――安全は使命。
 向井 あるロシア人飛行士が補給船を宇宙ステーション「ミール」にぶつけたことがあった。理由は睡眠不足による注意力の低下だった。その後睡眠に関する研究が進み、正しい睡眠でミスが減り効率性が上がることが分かった。

面白いが活躍の原動力

 ――無理は良くない。
 向井 休息は重要。無理をすると、長続きしない。働くということは持続性が大事。それと、面白がってやること。私はずっと、楽しんでやってきた。
 ――「面白い」が活躍の原動力。
 向井 医学部に進学した当時、女性は全体の1割ほど。スキー部ではお金がなく男女が雑魚寝していた。医者になった時もトイレは男女共用だったが、人数が少ないから仕方ないと思っていた。面白かったから続けてこれた。
 ――日本人初の女性宇宙飛行士になった。
 向井 そう言われると、いつも困惑する。初めての記者会見で、他の宇宙飛行士は「宇宙飛行士の抱負は」と聞かれるのに、私だけ「女性宇宙飛行士としての抱負は」と聞かれた。女性という狭い枠で質問されると、回答が難しい。

同業者の協業先進的な動き

 ――狭い枠で発想しない。
 向井 「女性だからできなかった」とか「女性だからできた」とは考えない。「私が」できるかできないかを考えてきた。その方が失敗した時に言い訳せず、成長につなげられる。小さなカテゴリーをつくって視野を狭くすれば、安心は得られるが発展性に欠ける。
 ――広い視野で。
 向井 物流なら、顧客や消費者を含め、社会全体の中に物流を位置付けて発想する。私は、群馬県生まれで群馬が好き。けれども群馬の良さを知るにはまず、日本全国の良さを知る必要がある。
 ――良さを互いに知るべき。
 向井 互いを否定し合う争いではなく、互いの良さを伸ばし合う競争をしていくべき。その意味では物流は先進的。同業他社が協業する話を頻繁に聞くが、発展につながる良い動きではないか。
 ――物流はまだまだ発展の可能性がある。
 向井 物流は血液のように、人の営みになくてはならない基盤。空気や水といった必要不可欠なものは、重要性に気付きにくい。だが物流が1日止まれば、経済はまひする。物流は土台だ。いろいろな人材を呼び込んで、新しいチャレンジをしていってほしい。

記者席 宙返りに憧れて

 記者が高校生の頃、向井さんが宇宙で宙返りをしたのをテレビで見て、うらやましく思った。そう伝えると、「面白そうだったでしょ」といたずら顔になった。「私が面白いと思うことを、まず伝えたい」
 日本人宇宙飛行士の第1期生として活躍。専門とする医療分野の実験などに従事した。現在は宇宙の仕事から少し離れ、「自由に学問をしてみたい」と大学に。もともとは子どもたちに宇宙の話を教えるのに東京理科大の施設を見学に行ったのが縁だとか。好奇心旺盛な人柄で、物流についても「『トラックが動けば経済が動く』と聞くね」と常日頃、目を配る。

(略歴)
向井 千秋さん(むかい・ちあき) 昭和27年5月6日生まれ、63歳。群馬県出身。52年慶大医卒、同大医学部外科学教室医局員として勤務、60年宇宙開発事業団(現・宇宙航空研究開発機構)入社、平成6年米国のスペースシャトル「コロンビア」、10年「ディスカバリー」に搭乗。地上勤務を経て、27年4月東京理科大学副学長に就任。(佐藤 周)