インタビュー

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【 トラック特集インタビュー・異業種の先駆者に聞く魅力ある業界へのヒント 】

10~15年先を見据えて 6次産業化で漁業変革

2023年03月28日

GHIBLI代表取締役 坪内 知佳さん

 トラック業界では来春にドライバーの残業上限規制適用を控え、魅力ある業界づくりが不可欠だが、賃金向上や人材確保に悩む声も多い。一方、同じ問題を抱える漁業では、萩大島船団丸を運営するGHIBLI(ギブリ)の代表取締役・坪内知佳さんが漁協を通さず顧客に魚を販売する「6次産業化」に挑み、これまでの業界を変えた。魅力ある業界とするため、運送業にも「10~15年先を見据え行動してほしい」と話す。

 ―無縁の漁業に飛び込んだ。
 坪内 2009年12月、山口県萩市で旅館の仲居の手伝いをしていた。そこで接客したのが、現在の萩大島船団丸の船団長。(当時は)翻訳や事業企画の業務もしていたため、名刺作りの依頼から始まった。その後、「漁業の未来を変えてほしい」との依頼を受け、漁業に入職した。
 ―萩大島の漁業は、どんな課題を抱えていたのか。
 坪内 萩など山口周辺の漁獲量は、(1980年代後半のピーク時に比べ)30年間で20万トン超減少していた。加えて、当時は船舶の燃料費も高騰し、萩大島で生まれ育った漁師が島を離れつつあった。15年先の萩大島の漁業の未来がどうなるかということから、漁師と売り上げを伸ばす方法の話し合いを始めた。
 ―漁師の話から何とかしたいとの思いを強く持った。
 坪内 漁師からは「15年後には誰も萩大島にはいないだろう」との声が聞かれた。何とかしたいとの思いが強くなる中、(ちょうど)農林水産省が6次産業化を推進する動きを知った。挑戦しなければと考え、2010年10月に3つの船団からなる「萩大島船団丸」を設立。事業計画書を何度も作り、11年5月、農水省から水産業第1号の事業認定を受けた。
 ―事業の内容は。
 坪内 漁師が釣ったばかりの魚を船上でさばいて生け締めにし、血抜きをする。その後、宅配会社と連携し、温度管理をした状態で、最短8時間で全国に届ける事業を始めた。その後も取り組みを広げ、現在は北海道、四国、九州など複数の地域で船団丸が活動している。

漁業協同組合と対立も

 ―新たな挑戦だった分、周囲との調整で難しさがあったのでは。
 坪内 漁業協同組合は漁師から売り上げの数%の手数料を収受している。当初、6次産業化を開始したいと相談しても、なかなか納得してもらえなかった。出荷作業をする敷地も漁協から貸してもらえず苦労した。他にも、船舶購入費の融資、巻き網や燃料、氷の分配も漁協が行う。全てなくなれば漁業は成立しない。
 ―対策として、漁協に迷惑をかけない仕組みを講じた。
 坪内 漁獲量の多いアジやサバは漁協を通じ、販売する仕組みになっていた。そこで萩大島船団丸が手掛ける対象を主に、(アジやサバに混じって獲れ、市場で安く販売されていた)スズキやマダイにした。漁協には自分たちで出荷する分の手数料も払った。船団丸の水揚げが少ない時や禁__漁期間は市場から魚を購入。6次産業化用に回すことで、漁師も漁協も利益を得られる事業とし、許可を得ることができた。
 ―漁師も苦労した。
 坪内 6次産業化には、不慣れな出荷や伝票の記入、地元以外の人とのコミュニケーションなどが必要となる。(初めの頃は)届ける魚の入れ間違い、伝票の記入ミスもあった。クレームが増え、一時顧客が半分以下に減少。漁獲量の低下や業績の伸び悩みから、3分の2の漁師が辞めてしまった時期もあった。

1~2年で物事変化せず

 ―変化には時間がかかる。
 坪内 数年経過し、ようやく事業が軌道に乗り始めた。1~2年で物事は変化しない。5~10年先も、会社がずっと同じ状態で続くのであれば、新たな動きは不要で、周りをじっと見ていればいい。そうした状況でないなら、行動を起こさなければならない。
 ―将来を見据えることが重要と。
 坪内 どの業界でも、1~2年後は全員何とか生き残れると思っている。だが10年経過した時、次の行動を考えても遅い。会社の経営に余裕がある時にこそ、10~15年先の未来を見据えられた人が収益を生み出せる。
 ―トラック業界でも変化できないことに悩む経営者もいる。
 坪内 なかなか変化させられないと言っている人には、まだ余裕がある。

禁漁規制でも安定収入

 ―運送業と同様、漁業にも慣習がある。
 坪内 漁業には80年前から、1年間のうち、3カ月は漁に出てはいけないという規制がある。強風、高波といった悪天候の影響や、近距離で漁業をする船同士が接触して事故を起こすといったリスクもあり、実質的には年60~70日しか漁に出ることができない。
 ―それでは、漁師が安定収入を得られないのでは。
 坪内 この課題の解決策として、14年に「GHIBLI」を立ち上げた。漁師が漁以外にも収入を得ることができる仕組みを構築した。
 ―どんな事業を。
 坪内 魚の販売に加え、萩大島船団丸の水産加工現場の見学、漁師飯の普及イベントの開催、海で取れる規格外真珠の販売などを展開している。魚の販売では漁師に営業スタッフを、ツアーやイベントではエンターテイナーを務めてもらうことで、安定収入につなげている。

普通は私たちの決め付け

 ―これまで新しいことに挑戦し続けてきた。
 坪内 (仕事も日常生活も)これまで取り組んできた〝普通〟は、私たちの基準で決め付けているもの。それにとらわれていると、時代に付いていけない過去の人になってしまう。そうはなりたくなかった。
 ―普通にとらわれないため、大切にしてきた考え方は。
 坪内 世の中の変化をいかに受け止め、その時代の流れに合わせ、自身の考え方や会社の経営を変化させるかを大切にしてきた。
 ―萩大島船団丸でも、これまでの挑戦が着実に実を結んでいる。
 坪内 漁師の思いが変化してきた。以前は、成功したいのであれば進学し、船のかじを取ってはいけないと、自分の子どもに話す漁師もいた。今では、中学生や高校生のわが子に後を継がせたいと話したり、後を継ぐ人はいないか探したりするようになった。
 ―漁師の中には萩大島出身の人も。
 坪内 約10年ぶりに誕生した。他にも島で生まれ育ったが、島外で働いていた人が、今後戻ってきてくれそうだ。
 ―いろいろな人が仕事に興味を持つように。
 坪内 都会の人が地方に移住する「Ⅰターン就職」の大卒者も集まってくるようになった。パソコン作業、伝票記入だけでなく、納品書や請求書の作成、補助金申請ができる人も増加している。

業務には正当な価値を

 ―現在の事業で物流との関わりは。
 坪内 6次産業化でも宅配会社に助けてもらった。運送はトラック運送会社しかできない仕事。値上げがあったから、自社で運送を手掛けようとはならない。物流がなくなって困るのは私たち。そろそろ「運賃が安ければいい」との風潮をやめるべきではないか。
 ―顧客が求めるサービスの提供には、コストの収受が必要。
 坪内 サービスの質を担保するには、まず会社側が従業員の賃金をアップすることが必要で、そのための原資の確保が欠かせない。その上で従業員も努力し、質の高いサービスを提供し続けることが大事ではないか。
 ―業界では多重下請けの課題を抱える。荷主の中には運送業を下に見る企業も。
 坪内 荷物を預ける荷主と、それを運ぶ運送会社が対等な立場になるよう、歩み寄りが欠かせない。GHIBLIでは魚教育を通じ、消費者に漁業の重要性を理解してもらってきた。運送業も荷主に業界の現状を伝える取り組みを進め、互いの事情を理解し合うことを広げてはどうか。
 ―運送業界にメッセージを。
 坪内 人は色や大きさが違う歯車だ。現状に諦めて何も行動を起こさなかったら歯車は動かず、業界の変化は始まらない。個人では一瞬で消えてしまい、大人数では意見がまとまらず動きが遅れる難しさもある。私たちのように少人数で好事例を作り、横展開することが一番の近道だろう。

記者席 ドラマ化を機に多くの注目

 坪内さんは、昨年10~12月に放送された日本テレビ系列のドラマ「ファーストペンギン!」の主人公のモデルだ。
 ドラマでは縁のない漁業に飛び込んだ理由、6次産業化に挑んだ経緯に加え、販路や資材確保などさまざまな場面で漁協に頼る機会が多い業界の特徴、さらに悩み、一歩を踏み出せない漁師を説得する場面が描かれた。
 放送前後の約1カ月間は、ニュースでも坪内さんや萩大島船団丸の様子が何度も取り上げられ「多くの人が注目してくれている」と感じた。
 坪内さんや萩大島船団丸が6次産業化を始めた12年前、その仕組みで魚を販売できる顧客と経験がなく苦しんだ。だが、今ではドラマ化されるほど「大きな動きになった。世間の水産業に対する見方が変化した部分があるのでは」と振り返る。