インタビュー

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【 新年特集インタビュー 】

創作意欲刺激する変化を 物流は生活インフラ

2023年01月03日

作家 重松 清さん

 作家・重松清さんの小説『とんび』はトラックドライバーとして働く父と子の絆の物語。多くの読者から愛され、昨年は待望の映画化もされた。父が運送業界で営業マンとして働き、ターミナルと一体の社員寮で幼少期を過ごした重松さんは、トラック運送業界からの応援を喜ぶとともに、「業界が物流の仕事の重要性を再認識した上で、進化すれば新たな創作意欲が湧く」と話す。

 ―物流との関わりは。
 重松 父が岡山県貨物運送で営業職として勤務していた。自身が住んでいた社宅の窓を開ければ、トラックがターミナルを出入りする様子が見えた。幼少期から身近だった。
 ―ドライバーに魅力を感じた。
 重松 大人のドライバーの汗と筋肉に、自分たち子どもとの違いが最も出ていた。当時の運送業界は力強さの象徴だった。
 ―映画化に業界から多くのエールが寄せられた。
 重松 皆さんの応援がうれしい。ただ『とんび』は過去を書いた作品。業界がコロナ禍の経験を踏まえ大きく変われば、さらに刺激される。作品のモデルになるような人が何人も登場してほしい。
 ―世の中が変わった。
 重松 2020年以降の新型コロナウイルス感染拡大で、リモートワークやオンライン取材が増加した。その中でトラックがモノを運ばなければ、社会が動かなかった。「エッセンシャル(不可欠な)ワーカー」という言葉も生まれ、トラックドライバーもその一員となった。
 ―物流がより重要に。
 重松 例えば、料理の宅配。個人宅には自転車やバイクで届けられる。一方で、料理を提供する飲食店が使う食材はトラックが運んでいる。トラックが担う仕事の大切さを世の中に伝えたい。
 ―物流に対する消費者の意識も変化した。
 重松 大手宅配の配達指定時間から「正午~午後2時」が消えたが、消費者は受け入れた。従来、トラックは排ガスや騒音を発生させるものと思われていた。だが新型コロナを機に、消費者の意識は大きく変化した。物流会社の経営者は、物流の意義に誇りを持ってほしい。

エネルギーは〝優しさ〟

 ―『とんび』の舞台は高度経済成長期。
 重松 当時はエネルギーにあふれていた。高速道路や国道が血管なら、トラックは血液だ。経済が好調だった日本と、国の成長を支えたドライバーが重なる。宅配登場前のトラックの原点を表現した。
 ―現代は違う側面も。
 重松 エネルギーには多様なものが含まれる。現代では〝優しさ〟が該当するだろう。主人公が持っていたエネルギーを、優しさという形で発露しなければいけない。
 ―どういうことか。
 重松 当時のドライバーは大きな車を運転し、重量物を持ち上げるまさにエネルギーの象徴のような存在。現代は、宅配のように顧客へ丁寧に荷物を渡すことの重要性が高い。女性が働ける職場にもなりつつある。

足運び手渡しに価値

 ―宅配は大きな変化。
 重松 宅配は「顧客」という概念を変えた。送料を支払う発荷主に加え、届け先への配慮も必要になった。発想の転換だ。住宅の扉を開け手渡す運び方は、宅配が生んだ。業界の大革命だ。
 ―新たな価値も。
 重松 モノが届くとうれしい。宅配では住宅を1軒ずつ回り、贈り物を手渡す。受け手には押印する喜びがあった。価値ある仕事だ。ドライバーには胸を張ってほしい。
 ―ドライバーなしでは成立しない。
 重松 対話手段がメールやオンラインツールなど、電子に代替されたが、ドライバーはそうできないものを配達する。足を運ぶことに意味がある。
 ―生活ともつながる。
 重松 災害が起きると、物流会社が配達休止地域をホームページで公表する。徐々に縮小し完全に配達が再開されることで日常が戻ったと安心できる。11年の東日本大震災の取材時に、支援物資を輸送する大手宅配車両を見て安心や感謝を感じる被災者が多かった。

地域で誰もが知る存在

 ―地域社会の一員だ。
 重松 現在、自宅と同じ町内に事務所を構えている。担当の宅配ドライバーは事務所宛ての生鮮品は自宅に届けるなど、臨機応変に対応してくれる。今や地域社会の大事な一員だ。住宅を回る職業が、他にはほぼないからだ。
 ―多くの役割がある。
 重松 住宅街で昼間に最も見かけるのは宅配車両。町を走行すれば防犯になる。単身高齢者の困り事も聞けそう。
 ―宅配が当たり前の世代が今後経営に携わる。
 重松 今の運送会社トップの多くは、企業物流全盛期だった昭和を知っている。加えて今後は、宅配サービスが当たり前にある世代が経営に加わる。昭和のレジェンドが見たものを伝えつつ、新世代には新しいことを考えてほしい。
 ―トラックの思い出を聞きたい。
 重松 子どもの頃、運転席に座りハンドルを触ることが好きで、車両のはしごを登った。

ドライバーは1人の市民

 ―『とんび』にはドライバーの日常が書かれている。
 重松 ドライバーも1人の市民だ。『とんび』の父親は息子の大学受験に悩んだ。野球部でのトラブルで謝罪に出向いた。結局うまく行かずに、怒って帰る不器用さもある。
 ―実際に見聞きした。
 重松 長距離ドライバーから、子どもが成長したら市内配達に変更したいと申し出る声も聞いた。父も夜勤明けに、自身の運動会を見に来てくれた。
 ―業界で働く皆さんにメッセージを。
 重松 父はドライバーにお薦めの店を聞き、日曜日に連れて行ってくれた。行きつけの飲食店のような場所を、多く見つけてほしい。入社時の気持ちを忘れず、会社に長く残ってほしい。

記者席 父から教えられた安全意識

 重松さんの父親が勤務した運送業界は、事故と命が切り離せない世界。夜中、社宅にかかってきた電話は自身も不安に。「同僚ドライバーが事故に遭ったのではないかと、最初に気にした」と話す。
 父親には、忘れ物に気が付いた際に、取りに行こうと家に戻らなくていいと教えられた。「事故は突発的に発生するもので、焦っている時が危ない」と重松さん。家族の状況が分かるあいさつも重視。「行ってきます、行ってらっしゃい、ただいま、お帰りと必ず言うよう両親に育てられた」と振り返る。
 修学旅行や社会見学では、父親への土産にお守りを毎回購入した。無事を願っての行動だ。「無事は、物事が何も起きないことを表現した言葉。運送会社で働く人の家族は、その人が何事もなく、帰宅してくれれば幸せ」