インタビュー

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【 新年特集 特別インタビュー 】

相互の思い通い合わせて 障害者活躍の場づくりへ

2022年01月04日

東京パラリンピック メダリスト 競泳・鈴木 孝幸選手

 昨夏の東京パラリンピック。日本人選手の活躍は、国民が障害について知り、関心を深めるきっかけとなった。東京大会で輝かしい成績を上げた競泳の鈴木孝幸選手は、スポーツアパレルメーカーのゴールドウインで働く一面を持つ。スポーツ界に加え、物流を含む産業界にも求められている、障害者が活躍できる職場づくりについて、鈴木選手は「会社と障害者双方の思いを通い合わせるコミュニケーションが不可欠。入社、配属前に相互の懸念事項を示し合わせ、環境改善を進めていくことが重要」と語る。

 ―水泳との出会いは。
 鈴木 生まれ付き、両手と両足に障害があったが、祖母の勧めで6歳から始めた。
 ―パラリンピックは複数の出場経験がある。
 鈴木 東京大会以外に、五輪の発祥地で開催されたアテネ大会(2004年)を皮切りに、パラリンピック発祥地の英国で行われたロンドン大会(12年)にも出場した。
 ―東京大会の出場には特別な思いが。
 鈴木 自国開催の大会にも出場できれば、特別な意味を持つ大会をコンプリート(完全達成)できると考えていた。そういう経験ができるのはまれで、かなったらうれしいと思っていた。
 ―念願を果たし、複数種目で金を含む多くのメダルを獲得。
 鈴木 出場する5種目全てでのメダル獲得、複数種目での金メダル獲得を目指し、練習に励んだ。1種目で金メダル、全種目でメダルを取ることができ、充実した大会だった。
 ―東京大会は新型コロナウイルスの感染拡大で無観客開催に。
 鈴木 これまでの大会とは違う雰囲気があった。(16年の)リオデジャネイロ大会などで、日本の選手が入場した時の応援の盛り上がりを目の当たりにしており、東京大会でも体験したかったが、開催してもらえるだけでもありがたかった。

真のスタートは「これから」

 ―テレビでは多くの人が観戦した。
 鈴木 以前の大会よりも、多くの人々がパラリンピックを観戦してくれた印象が強く、障害者スポーツを知ってもらう良い機会だったと実感している。だからこそ、東京大会でこの盛り上がりを終わらせるのではなく、継続的に障害を持った人の活躍を見てもらう必要がある。これからが真のスタートだ。報道などいろいろな場面で、障害者スポーツに触れる機会がさらに増えることを望んでいる。

心の〝バリアフリー化〟 介助以外の面で線引き不要

 ―障害とどう向き合っている。
 鈴木 障害は〝個性の1つ〟。介助を受ける面で健常者との線引きは必要になるが、それ以外の日常生活を送る上での区別は不要だろう。健常者同士でも接しづらいことや、人によって対応に気を使わなければならないことがある。障害もその延長線上にある、と。
 ―障害も個性と捉え、心を通わせる。
 鈴木 そう。人々の心から障害という壁がなくなり、〝バリアフリー化〟されることが大事。例えば、留学先の英国でロンドン大会に出場した際、健常者が多く観戦してくれた東京パラリンピック メダリスト 競泳・鈴木 孝幸選手インタビューが、障害者に寄せる気持ちに、それを感じた。
 ―具体的には。
 鈴木 とてもフレンドリーに接してくれた。ちょっとしたことで困っていた時、手伝うかどうかでためらう様子もなくフランクに声を掛けてくれ、こちらが「大丈夫」と答えたら、「頑張ってね」という感じだった。
 ―日本との違いは。
 鈴木 日本では、こちらが困った時、誰かに話し掛けるには勇気がいる。大丈夫と伝えることはできても、「その後に困ったことがあった時に助けてほしい」と言うのがおっくうになる。英国人には、気付いたら話し掛けてくれ、大丈夫と伝えた上でも、こちらが困っている様子ならすぐに手伝ってくれる気質があったように感じる。
 ―日本では、障害者と触れ合う場面が少ない。
 鈴木 学校教育では、健常者と障害者の学ぶ場が区別され、障害者の側も健常者の世界がよく分からないままになってしまう。特別支援学校に通う学生は、周囲がサポートしてくれるのが常識になり、いざ社会に出た時に戸惑うこともあるのではないか。(壁のないコミュニケーション環境をつくるには)障害者と健常者が互いに歩み寄ることが必要で、一方だけが頑張れば解決する問題ではない。
 ―どんな環境が理想。
 鈴木 どういった場面でどんな助けが必要か、障害者それぞれで異なる。「何かあったら言ってね」と気軽に言ってもらえる英国のような雰囲気はとても良い。困った時に、自分から助けを求めやすいからだ。

互いの気掛かりを明らかに

 ―ゴールドウイン入社時、会社からの声掛けはあったのか。
 鈴木 まず、どういうサポートが必要なのかを聞いてくれた。入社当時、社内には障害者用のトイレがなかったが、話を聞いてもらう中で、会社も気掛かりにしていることが分かり、気兼ねなく「あった方が良い」と伝えることができ、非常に助かった。
 ―会社が障害者を受け入れる上での懸念事項を示すことも大切。
 鈴木 会社が感じている懸念事項が分かると、こちらとしてもどんなサポートが新たに必要か、今のままでも大丈夫かを伝えやすくなる。
 ―配属前に話を聞いてもらったことも、安心して働ける要素に。
 鈴木 配属先が決まる前に、オフィスが狭いので通り抜けが難しいと会社に伝えたら、それを基に、ドアに近い座席にしてもらうことができ、安心して仕事に就けた。

職場を見せ改善点導き出す

 ―改善してほしい点は、実際に労働環境を見ないと分からない。
 鈴木 就職試験でオフィスに行くことがあれば、その際に働く場所を見ることができ、改善してほしい点も出てくる。障害者がそれらを会社に伝えれば、解決することがある。企業にとっては例えば、知的障害を持つ人向けの職業体験プログラムを通じ、それをサポートしてくれる人と密に連携できれば、障害者の活躍の場をさらに広げることもできるのではないか。
 ―会社と障害者のコミュニケーションが鍵。
 鈴木 会社側が助けた方が良いと考えていることでも、実は自分でできることもある。障害のある人が、何ができるのか、逆に何が難しいのかを把握できれば、より働きやすい職場整備に生かせるのでは。働きやすい環境づくりは会社の利益創出にもつながる。障害を持っている社員が活躍し、利益を生み出すため、どういったサポートが必要か理解することが大切だ。

一生懸命働く姿に目留めて

 ―今後の目標は。
 鈴木 今年、世界選手権とアジア選手権が開催される。年明けぐらいから練習を再開したい。活躍していろいろなメディアで取り上げてもらい、所属企業を含めPRすることが自分の仕事。商品開発面でも役立てることがあれば関わりたい。(ゴールドウインが扱うスイムウエアのブランドの)「スピード」を担当した時は、障害者が使いやすいカバンの開発にも携わった。
 ―物流業界へのメッセージを。
 鈴木 パラリンピアンは成績を上げたら周囲から評価してもらえる。だが、物流を含め他の分野では、世間に注目されなくても、障害を持った人が多く活躍している。一生懸命仕事をしている障害者にも目を留めて、応援してもらえるとうれしい。

記者席 好奇心でまず取り組む

 プライベートでは吹奏楽の演奏、将棋を楽しむ。「挑戦という意識はなく、好奇心で面白いと思ったら、取り組んでみる」行動派だ。
 多様なことに取り組む上で、タレントのタモリ氏が語った〝30歳になるまでは失敗しても良い〟という言葉も大事にしている。「大学卒業後、社会人として大半を過ごす20代はさまざまな経験をして失敗と同時に学びを得よう。30歳になったら一人前の大人になろう」と解釈し、歩を進めてきた。
 競技と仕事に加え、英国の大学院で学業に励む、学生としての顔も。新型コロナウイルス感染拡大下で、授業がオンラインに変更となってしまったものの、受講しながら修士論文を書き上げた。「東京大会延期で研究に集中できた」とひと安心。現在は博士論文を執筆中だ。