インタビュー

【 トラック特集インタビュー 】
地道な活動が改善の一歩 取引適正化国も後押し

2021年03月23日
国土交通省自動車局 秡川 直也 局長
新型コロナウイルスの感染拡大で環境が一変したトラック業界。荷動き低迷などで厳しい経営を強いられる半面、時間外労働の上限規制の適用時期は着実に迫り、取引適正化とドライバーの長時間労働改善は待ったなしの状況にある。国土交通省の秡川直也自動車局長は「荷主の理解を得ながら進めることが基本」とし、問題のある荷主、運送企業に必要な対策を図りつつ、「さらなる支援を続けたい」と話す。
―新型コロナの感染が国内で確認されてから1年以上が過ぎた。
秡川 トラック業界には、新型コロナの中で生活や経済を支えてくれていることに改めて感謝したい。世の中も、これまで以上に物流の重要性を感じたのではないか。一方、緊急事態宣言の影響で高速道路の休憩施設が閉店し、食事が取れないなどドライバーには苦労を掛けている。
―運送各社の経営にも影響を与えた。
秡川 人流ほどではないが、物流も総体的にマイナスの影響が出た。実体経済を反映しており、顧客である荷主の状況に業績が左右されている。補正予算を活用しながら、国として運送企業の支援を続けていく。
官邸主導で流れ変わる
―国を挙げた労働環境改善の取り組みは貨物課長時代に本格化した。
秡川 当時、官邸から小売り、飲食、宿泊、介護と共に、貨物運送を労働条件の厳しい業界に加えたいとの相談があった。物流にとって、荷主は大事な顧客である半面、長時間労働などの原因にもなっていて、理解が進まないと課題は解決しない。不名誉なグループに加えられることは残念だったが、政府全体で取り組みを進められる好機と考えた。
―官邸主導により取り組みが前進した。
秡川 以前は国交省独自の動きだったが、官邸が号令を掛けてくれたことで、荷主所管官庁とも連携が取りやすくなった。ドライバーの実態調査を含め、トラック業界の協力もあり、関係者一丸で前向きにやっていこうという流れができた。
まずは自己分析を
―昨年4月には標準的な運賃が告示された。
秡川 課長時代、目安となる運賃を定めることには賛否両論があった。業界としての意見集約が不可欠で、事業規模や経営環境が異なる中、意見をまとめ上げ、実現したのは素晴らしいことだ。
―今年1月時点で全国平均の届け出率が4・7%という数値をどう見る。
秡川 告示から間もなく1年という期間を考えると、数値は決して高いとは言えないだろう。新しい取り組みが加速するには時間がかかる上、いまは新型コロナで交渉が難しい状況にある。制度は重要だが、標準的な運賃ができたから問題が解決するわけではない。
―いま運送各社は何をするべきか。
秡川 まずは自社の経営を分析し、荷主と足りない部分を話し合い、その上で運賃を変えるなら届け出を行ってほしい。重要なことは届け出ではなく、そこに至るプロセス。新型コロナの中でも、標準的な運賃を取り入れようとする荷主、運送企業のペアもある。国交省としても支援を行い、取り組みを普及させたい。
不適切には厳しく対応
―時間外労働の上限規制の適用時期が迫る中、取り組みの遅さを懸念する声もある。
秡川 長年の課題を解消するには取り組みを深掘りし、地道に進めるしかない。荷主の理解を得ながら進めることが基本だが、悪質な事例には荷主勧告制度も活用していく。ルールを順守しない不適切な運送企業についても行政処分などを行いつつ、公正に競争できる環境を確保する。
―労働環境改善に向けては地方協議会の活性化も重要に。
秡川 協議会では地方運輸局の力量が大きく、運輸局ごとで関係者と話し合い、会議をどう進めるかを考えなければならない。荷主の理解を得るには会議だけでなく、日頃から話し合い、意識を共通化することが重要。地元の実情に合わせて進めてほしい。
需要踏まえ仕組み見直す
―新型コロナを機に昨年4月からタクシーによる飲食料品の宅配が始まった。
秡川 タクシーによる有償貨物運送は宅配需要が高まる飲食業界や、乗客の減少に悩むタクシー業界などの状況を踏まえ、「解」として始めた。昨年9月までは道路運送法による臨時的な措置だったが、タクシーやトラック業界と話をした上で、10月以降は貨物自動車運送事業法の許可手続きを緩和した上で要件を満たせば、希望する企業が継続できるようにしている。
―恒久化の考えは。
秡川 「未来永劫(えいごう)に」とは考えておらず、配送品目の拡大についても、タクシー業界から正式な要望が来ているわけではない。新型コロナが終息し自由に飲食ができるようになれば、デリバリーのニーズも変わるだろう。今後はモニタリング調査を行い、タクシーデリバリーが円滑に進んでいるかなどを確認していく。
白トラ活用で動きも
―規制緩和では昨年、経済同友会が政府に自家用トラック活用の要望を提出した。
秡川 規制改革推進会議の後、経済同友会や運送企業に困っていることなどを確認したが、具体的なニーズはなかった。将来的なアイデアの発表にとどまっており、実際にニーズや問題が確認されない状態で、制度的に何かをするということはない。
―同じ会議では、日本IT団体連盟も自家用トラック活用の政策提言を出している。
秡川 夏期、年末年始など貨物自動車運送事業法で認める繁忙期以外にも、自家用トラックを活用できるよう時期を見直す提案については検討していく。実は2年ほど前、近年の繁忙期の実態を踏まえ、活用できる日数を拡大する方向でまとまりかけたが、最終的にうまくいかなかった経緯がある。ニーズがある以上、議論を仕切り直す。
―自家用トラックの拡大で安全面の懸念はないか。
秡川 自家用トラックの活用は例外で、事業用トラックによる輸送が基本。当然、輸送の安全には運行管理をしっかり行わなければならない。今後の見直しでは、許可を受けている運送企業が自家用トラックの運行管理を行うことで運用していく。
―トラック業界に向けてメッセージを。
秡川 私自身も街中で台車を押すドライバーを見たり、車を運転中にトラックを見掛けたりすると、生活や経済を支えてくれていると感じる。リモートワークもできず苦労が多いと思うが、今後の活躍を期待したい。国交省としても可能な限り支援を続けていく。
記者席 実行力への期待高く
昨年7月、約4年ぶりに自動車局に戻ってきた。「貨物課長時代と比べてトラック業界はどうか」。記者が質問すると、「変わったね」とうれしそうに答えてくれた。
課長時代、業界の健全化・活性化に取り組み、現在の取引環境と、長時間労働改善の基盤をつくり上げた。だが、運賃の見直しは業界内の意見が合わず、認識を確認するにとどまった。それだけに「標準的な運賃をまとめ上げたのは素晴らしいこと。ここまでできるようになったのかとの思いがある」と振り返る。
時に省内にも厳しい意見が飛び、「役人では珍しい人」との声が業界内でも聞かれる。その分、課題解消に向けて一緒に汗をかいてくれることも知っている。未曽有の危機にある中、実行力に期待する関係者は少なくない。