インタビュー

【 新春特別インタビュー 】
「認め合う」が誇りにつながる

2021年01月05日
おもてなし創造カンパニー 矢部 輝夫 代表
世界から注目を集める新幹線の車内清掃サービス。到着から次の発車までの7分弱で作業をこなすサービスは、現場社員に働きがいと、誇りを持ってもらう仕組みを通じ築き上げた。「新幹線劇場」の仕掛け人で、おもてなし創造カンパニーの矢部輝夫代表は「会社が社員を認め、そして社員同士が認め合うことが不可欠」とし、これが仕事のやりがいや喜びにつながるとする。
―整列したスタッフがあいさつし、短時間で清掃を終える光景が話題となっている。
矢部 乗客の降車時間を差し引くと、新幹線の清掃で使えるのは7分弱。その間に1人当たり最大100席を回り、ゴミ集め、テーブルや床の拭き掃除、忘れ物の確認などをこなす。私も1カ月ほど現場で見習いをしたことがあるが、本当に大変な仕事だ。
―おもてなしのサービスは世界からも注目を集める。
矢部 米国や韓国、インドなど海外からの視察も多い。米ハーバード大学経営大学院では、経営者のあるべき姿を示した事例として、必修科目に採用されている。
◆問題の核をつぶす
―「新幹線劇場」の仕掛け人として知られる。どんなキャリアを歩んできたのか。
矢部 1966年の国鉄入社以来、電車や乗客の安全対策のプロとして歩んできた。大きな転機となったのが、2005年、現在のJR東日本テクノハートTESSEI(旧・鉄道整備)への異動だ。当時は組織の対立や財務を含め、評判の良い会社ではなく、大きな課題も抱えていた。
―課題とは。
矢部 特に困ったのが定着率の悪さ。現場はパート社員が中心だが、例えば10人入社すると、1カ月で半分が退社する。1年以内には残りも辞めてしまう。仕事中のけがや、乗客からのクレームも多かった。
―どんな方法で課題を乗り越えたのか。
矢部 大きく2つのことを実践した。まずは抱える問題の核をつぶすこと。当時の会社は、現場の社員が一生懸命仕事をしても、上が見ておらず、これではやる気も起きない。社員からも「本社は何も知らない」との愚痴が聞かれ、やったことを周囲が認めなければならないと思い立った。
◆社員の考えを一新
―もう一つは。
矢部 自分たちの仕事を清掃員と思わせないよう、手を打った。清掃の仕事は3K(きつい・汚い・危険)職種で、仕事に自信を持てない人は多い。いろいろと標語を立てても、「できない、やる必要がない」と思われたら先に進まない。
―根本的に考え方を変える必要があった。
矢部 「あなたたちは単なる清掃員ではなく、新幹線のメンテナンスをお掃除という分野から担う技術者」と言い続けた。当然、口だけではダメなので、次の手として制服も一新した。すると、乗客からも声を掛けられる機会が増え、周囲が見てくれる環境に変わった。
チーム力、現場支える
―改革では現場の声を重視した。
矢部 課題を最も知っているのは現場。社員が季節に合わせてアロハシャツ、サンタクロースの衣装などを着る、清掃道具を変更するといった建設的な意見、提言には必ず反応し、実践してもらい、その後はとにかく褒めた。これを繰り返すことで、会社が変わろうとしていることを感じてもらうと同時に、働きがいと誇りを持てる体制に変化した。
◆良いこと、何でも報告
―社員が何をしているかを、会社に伝えるのは簡単ではない。
矢部 そこで導入したのが「エンジェルリポート」という仕組みだ。良いことは何でも主任に報告してもらい、社内で共有した。社員を評価する際、上から褒めなければいけないと考える人がいるが、それは違う。大事なのは「周囲で認め合う文化」。これが成果につながった。
―具体的にどんな報告が上がったのか。
矢部 例えば、Aさんは早く出社し清掃道具を取りやすいように並べている。Bさんは社歴が浅いものの、やる気はすごいといった内容。当初は年1000件程度だったが、数年後には1万件の報告が上がった。リポートされる人の表彰制度をはじめ、会社全体で取り組んだ結果、現場長も積極的にリポートにコメントを書くようになった。
◆トラックも環境同じ
―普段1人で仕事をするトラックドライバーでは、リポートの導入は難しい。
矢部 そんなことはない。同僚ドライバーの他、運行管理や整備、配車など周囲に多くの人がいて、チームを組んで仕事をしている。届け先の荷主の言葉、同僚の言葉を、点呼時に一言掛けるだけで励まされていると分かり、仕事への働きがいや誇りが生まれる。
―どのように認め合えばいいのか。
矢部 働く人は、自分のやったことを周囲が目に止めて反応してくれることがうれしい。認める方法は口で褒めたり、賞与を上げたりと幾つもあり、会社の体力や風土に合わせればいい。認め合うことは心理的な安全・安心を生む。チームワークができれば生産性も安全性も高まる。
◆ブランドの見極めを
―現場改革では、会社として一貫した姿勢を続けてきた。
矢部 改革を進めてきたのは、「7ミニッツミラクル(7分間の奇跡)」という、テッセイのブランドをより完璧なものにするため。これがより多くの人から認められれば、社員の働きがい、誇りも大きくなる。
―同じことは、ほとんどの企業に共通する。
矢部 物流企業もブランドを持っている。(世の中からは)運べばいいと思われがちだが、そこには輸送への心構え、会社の方針などがあるだろう。自社のブランドを見極め、伸ばすために何をするべきか考えてほしい。
―目標実現には、同じ志を持つ社員の育成も欠かせない。
矢部 多くの人をまとめ上げることは、1人ではできない。やる気のある人からリーダー級の人材を育て上げることが重要になる。社内には必ず光る人がいる。経営層、管理職はそうした人材を見つける努力が必要で、能力も身に付けなければならない。
―企業としての実力も試される。
矢部 一定の考えを持ち、一貫して実践することが欠かせない。社員に働きがい、誇りを持たせる手法は、100社あれば100通りある。自社の風土などを踏まえ、最適な手法を考えてほしい。テッセイでは改革に8年かかった。「やる、やり続ける」という信念と熱意を持ち、継続できるかが重要と言える。
記者席 地道な努力がいまに
数年前、本紙の新年特集で、物流各社のトップに日本が世界に自慢できることを聞いた際、ある社長が新幹線の車内清掃サービスを挙げた。このことを伝えると、とても誇らしげな顔をしていたことが印象的だった。
世界に誇るサービスは、地道な努力の積み重ねで確立された。テッセイ時代、常に現場社員を「先生」と考えるよう心掛けた。「現場を最も知るのはその場で働く社員。一生懸命やる人には必ず反応することで、周囲もあの人に付いていこうという雰囲気を築くことができた」
物流の中には、昔のテッセイと同じ課題を抱える企業も少なくない。こんな話をすると、「何もせず諦めている企業が多い」。いまは、働きがいや誇りを引き出す伝道師として、全国を忙しく回る日々が続く。