インタビュー

【 インタビュー 】
「クオリティー企業」に転換せよ! 独自価値の〝質〟を戦略に

2015年03月24日
一橋大学大学院 楠木 建 教授
成熟期を迎えた日本経済。物量低迷が続く中、物流企業は「稼ぐ力」をどう付けていけばいいのか。企業の競争戦略を専門とする一橋大学大学院の楠木建教授は、外部環境が生み出す事業機会に頼る経営から、企業自らが創造した価値の質に軸足を置く「クオリティー企業」への転換が必要と提言。「追い風が吹かない代わりに、独自の価値をエンジンにして進む」重要性を語る。
機会を期待する体質脱却を
――成熟した経済環境下、日本の企業は「稼ぐ力」が重要課題に。
楠木 物流に限らず、どの企業も長期的に利益を確保していくことがビジネスのゴール。では、利益の源泉はどこにあるのか。私は大きく2つに分けて考えている。
――それは。
楠木 1つは「オポチュニティー」。つまり、企業を取り巻く環境がもたらす〝機会〟。それらをどこよりも早くつかんで稼ぐ企業を「オポチュニティー企業」という。もう1つは「クオリティー」。企業が自らつくる独自の価値の〝質〟だ。
成熟期を嘆いても仕方ない
――外部環境の動向に依存するのがオポチュニティー企業。
楠木 オポチュニティー企業が前面に出てくるのは主に高度成長期。いまだと新興国に多い。人口が増えるにつれ、国民の所得、購買力が上がり、モノが動く。インフラもどんどん整備される。そうした自然発生する機会を確実に捉えて稼ごうとする企業だ。
――日本でいえば、第2次世界大戦後の高度成長期にオポチュニティー企業が多く出てきた。
楠木 戦後もそうだが、さらに激しかったのは明治時代の成長期。岩崎弥太郎や渋沢栄一といった実業家が毎週のように会社を設立した時代だ。
――戦後高度成長期を経て日本経済は成熟期へ。
楠木 むしろ成長期は長続きしない。英国が産業革命後に成熟期を迎えたように、日本にも順番が回ってきただけ。英国以外の欧州各国もほとんど成熟期に入っている。成長が続いている中国などの東アジア諸国も、近い将来、同じ状況になる。
――成熟を回避する方法はないのか。
楠木 米国のように移民を迎え入れることで人口を増やした例はあるが、日本が望むべき姿ではない。だから、成熟を嘆いても仕方がない。稼ぎの源泉をオポチュニティーからクオリティーにシフトすることが成熟期の企業経営の本質といえる。
経営はスキルよりもセンス
「戦略のストーリー」が重要に
――「クオリティー企業」への転換が重要に。
楠木 クオリティーといっても、製品やサービスの質自体を表すのではない。顧客が価値を認めて、より高い対価を払いたくならなければ意味はない。優れた質を差別化された価値として顧客に届け、長期的な利益に結びつける「戦略のストーリー」が、クオリティー企業の条件になる。
――ストーリーとは。
楠木 戦略に「飛び道具」、つまり一撃で稼ぐ力を生み出す方法はない。例えば、ものすごく低コストで素早く大量に荷物が運べるトラックを数十億円掛けて造ったところで商売にはならない。1つ1つのサービスで明確な他社との違いがなくても、いろいろな要素をつなげることで大きな価値をつくる。これが戦略のストーリーだ。
――品質偏重ではいけないということか。
楠木 製品やサービスの質をマニアックに追求するだけの姿勢は、日本企業によくある〝内弁慶〟的な特徴で、どちらかといえば飛び道具志向。素人がやることだ。
――クオリティー企業の代表例は。
楠木 例えば、ほ乳瓶メーカーのピジョン。同社のほ乳瓶は日本だけでなく中国でも売れている。高い営業利益率を誇る企業だ。もちろん品質は優れているが、単に「いい製品ですよ」で終わらせていない。産婦人科を巻き込み、母親にどう商品の価値を伝えるかという戦略のストーリーを形成している。理想的なクオリティー企業の1つだ。
――ストーリーづくりには何が必要。
楠木 サービスは人対人の商売。顧客が何に喜び、怒り、悲しむのか。サービスに関わる人間の本性を洞察することが大切だ。
――物流サービスも人対人。
楠木 顧客がいかに喜ぶかと同時に、従業員がいかに元気に働ける企業にしていくかを探ることもストーリーづくりの起点になる。
――戦略づくりを行える人材も不可欠だ。
楠木 戦略のストーリーづくりに必要なのは「スキル」ではなく、教えることのできない「センス」だ。100人のうち2?3人でも商売のセンスがあれば十分。センスのある人材を見極めて、経営を任せることが大事だ。
物流は価値創る土壌豊かに
――日本の物流業はいまだ外部環境に事業機会を求めがち。
楠木 日本は成長期が長過ぎた。国力としては評価できるが、結果、各企業にかつての成長期にあったような機会を期待する体質が染み付いてしまったのではないか。
――旧来の体質から脱却しなくてはいけない。
楠木 外部環境のせいにする考え方は切り替えるべき。今後、追い風が吹くとは思えない。私から見れば、アベノミクスは「そよ風」。政府の成長政略も、莫大な公共投資でGDP(国内総生産)をけん引するならまだしも、実際には個々の企業が頑張ってGDPを伸ばしてほしいといっているようなものだ。
――物流各社がクオリティー企業を目指すには。
楠木 物流業は、誰にでもできるスマートフォン(高機能携帯電話)のアプリケーション開発と違い、簡単な仕事ではない。だからこそ、十分に価値を創造できる土壌が豊かな業界だ。「これなら当社に任せてほしい」という価値をつくり、戦略のストーリーを築くことが重要。そのための投資も積極的に行ってほしい。
記者席「商売は自由意志」
「商売は自由意志だ。嫌なら事業をやめればいい」。分かりやすい例えと的確な表現。そして、辛口な提言が魅力。経営者にとっては、この上ない“エール”だ。
「クオリティー企業こそ商売の本来の姿」。だからこそ、少子高齢化や為替の変動…企業を取り巻く外部環境がもたらす要因を言い訳にしない強い姿勢が求められる。
「よく“生き残るために”と言う経営者がいるが、生き残って何をするのかを示すべきで、その時点で経営の意志を放棄してしまっている。クオリティー企業の経営には向いていない」と痛快にピシャリ。
趣味は音楽。聴くだけなく、演奏して、踊る。研究室にはエレキベースも。本も好む。何でも「仕事に関係しない分野の本を読む」ことが読書の定義とか。
(略歴)
楠木 建氏(くすのき・けん) 昭和39年東京都生まれ。平成4年一橋大院商学研究科博士課程修了。同大商学部助教授、イタリア・ボッコーニ大学経営大学院客員教授などを経て、22年一橋大院国際企業戦略研究科教授。『戦略読書日記』(プレジデント社)、『ストーリーとしての競争戦略』『「好き嫌い」と経営』(東洋経済新報社)など著作多数。(水谷 周平)