インタビュー

【 トラック特集インタビュー 】
物流の意義もっと発信を 鍵は〝身近な〟関係の構築

2019年03月26日
マーケティングコンサルタント 藤村 正宏氏
商品事故が少なく、定時に届く日本の物流は高品質。一方、荷主からはコスト削減の対象とされるなど、運送企業は適正運賃・料金収受に苦労している。『安売りするな! 「価値」を売れ!』の著者でマーケティングコンサルタントの藤村正宏氏は、問題解決に向け「地域密着型事業やインターネット活用で顧客との関係を構築する中で、トラック運送の社会的意義を伝えていくことが重要」と話す。
――「価値を売れ」が持論。
藤村 企業は、世の中に何を提供しているかを考えることが重要だ。この「何を」に基づいてサービスや商品への価値の付け方が決まる。価値が顧客に伝わっていなければ、商品・サービスは存在していないのと同じ。安売りは誰にでもできるが、価値を伝えることに成功すれば定価で売れて売り上げも増加する。
――「何を」を考えるに当たり、顧客の視点も押さえておきたい。
藤村 顧客は3つの視点で考える。初めに、サービスや商品そのものが欲しいわけではない。次に、それらを使って実現したいことがある。最後に、願いをかなえることで新しい発見をする。例えば化粧品。60すぎの妻が化粧品を買うのはシミを消すため。シミが消えれば女性として若々しく、生きがいのある人生を送れるからだろう。
サービス磨き、「個性」つくる
―― 一方で、ちまたにある商品・サービスは似たり寄ったりに見える。
藤村 冷蔵庫や4Kテレビはどのメーカーの商品も高性能で差がない。ということは、消費者には違いが分からない。商品に個性がないから、販売するだけの価格競争に陥る。運送企業各社のホームページもサービス内容を伝えてはいるが、方法が同じ。それでは仕事に対する思いは伝わらない。
―― 性能に差がない場合、どう差別化する。
藤村 金沢市の小さな電気屋は地域密着営業で商品が高く売れている。大手家電メーカーの60インチの4Kテレビは、この店では26万8000円、大手通販では16万3200円。値段だけ見れば通販で購入するが、そうはならない。
―― ポイントは地域密着のきめ細かさ。
藤村 店主が高齢の顧客から「エアコンの調子が悪いので見てほしい」と言われて行くと、リモコンの電池切れだった。電池交換は数百円の作業だが、繰り返すうち「全ての家電を買うようにするから家まで持って来てもらいたい」となった。地域との関係を築くことでこうした事例が広がり、7000万円だった年商が1億円になった。
―― 運送企業にも当てはめることができる。
藤村 運送企業もモノを運ぶだけでなく、買い物代行や、幼稚園、老人ホームの送迎などいろいろな仕事を手掛けることで地域との関係構築が可能だ。
―― 他には。
藤村 顧客にとって面倒なことを、全て請け負ってみてはどうか。通販を運営する個人事業主の品物を全部、倉庫で管理するのが一例。注文が来たら倉庫にも情報が届くようにして、注文主への商品発送も代行する。通販を運営したい個人事業主は多いが、配送作業は煩わしい。小ロットでも対応できる企業があれば繁盛するのではないか。
個人のSNS活用し商機に
――SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)活用もポイントだ。
藤村 運送企業が地域の人とSNSで関係を構築できれば、値段にかかわらず仕事を依頼するだろう。投稿を通じて働いている人のことが分かるため、荷物を運んでほしいという気持ちになる。
――発信内容を難しく考える必要はない。
藤村 社員一人一人が趣味に関する話を個人のSNSで書く。趣味でつながると早く仲良くなれるからだ。そのうち同じSNSで会社からの情報をたまに投稿する。結果、個人ベースの書き込みを通じて、SNS仲間が会社のことを知るようになる。運送業なら、ここでドライバーを生かせば商機が拡大する。
――他業種では契約に結び付いた事例も。
藤村 兵庫県相生市の家族経営の工務店では、娘がラジオ好きなことを生かして、SNSで家造りに関し週1回1時間のライブ配信を開始。視聴者が増え、昨年はSNS経由で新築9件、大型リフォーム2件を契約した。
――人手不足の中で、サービスの対価を適正に収受することが不可欠。
藤村 そのためには、運送業について一般の人にもっと発信しなければならない。現場の所長が「皆さんの困り事を当社の運送で解決できる」と伝えられているか。運送の社会的意義の大きさを、世の中にもっと知らせるべきだ。
時には勇気を持って値上げ
――運送業と言えば一般の人は普通、宅配しか知らない。
藤村 だが社会的意義が伝われば、荷主であるメーカーや小売り側の人間も、1個の荷物を届けるために多くの人が関わり、なくてはならない仕事だと実感する。適正な運賃・料金を支払うことが必要と分かる。
――自社の「価値」を伝えることが改めて重要になる。
藤村 BtoBで大事なのは、利用するサービスが会社の利益につながるかどうか。理由が明確な分、BtoCよりも営業はしやすい。運賃・料金が他社より高くても、荷主がより一層メリットを享受できるサービスがあることを伝える。
――業界は通販などの「送料無料」という表現に悩まされてきた。
藤村 送料無料と書いてあっても、注文主か販売主か誰かがコストを負担している。あらかじめ商品価格に上乗せされている場合も考えられる。無料はあり得ない。とはいえ、物流が「タダ」と勘違いする人もいるだろう。toBでもtoCでも、伝えるべきことは伝えた上で、勇気を持って値上げするしかない。企業レベルでも業界全体でも現状をもっと啓発していく必要がある。
記者席 発信の主体は個人
「情報発信といえば、昔は大企業がマスメディアを使って宣伝するしかなかったが、いまは個人でも可能だ」。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などによって生まれた個々のつながりが、売り上げ増加や若手採用に結実した事例に着目。ビジネスの価値を生み出す領域づくりの手段が多様化していると指摘する。
石川県小松市のある建設会社はSNSの検索窓に、建築・土木学科がある県内の高校や大学の名前を入力して、つながりを構築。若手を集めることに成功した。現在、ほとんどの新入社員とは入社前から関係を築いている。
藤村氏には映画監督の娘がいる。是枝裕和監督プロデュースの『十年』という短編映画の監督に選ばれたことも娘の書き込みで知った。SNSと聞いて尻込みする企業人も少なくないが「誰でも登録でき、投稿内容も皆が書き込むような、気軽なもので構わない」。