インタビュー

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【 トラック特集インタビュー 】

トラックに新たな改革を 規制緩和は善ではない 

2019年03月26日

京都大学大学院工学研究科 藤井 聡教授

 標準貨物自動車運送約款の改正、標準的なコストの見える化など、国土交通省が従来と異なる角度で適正取引推進の施策を進めている。その中核的な役割を果たしているのが「トラック運送業の適正運賃・料金検討会」。座長を務める京都大学大学院の藤井聡教授は、運送企業の適正取引に向けた課題をどのように考えているのか、聞いた。

 ――もともとタクシー業界の適正化に携わっていた。
 藤井 10年ほど前、供給過剰のタクシー業界で主に減車問題を議論する国交省交通政策審議会のワーキンググループのメンバーとして、規制強化が公益を増進すると訴えた。平成25年に改正タクシー特措法が成立。踏み込んだ内容にはならなかったが、減車をより効果的に行える仕組みはつくることができた。
 ――トラックに関わるきっかけは。
 藤井 昨年末に辞任するまで内閣官房参与を務めていた。タクシー業界とトラック業界は同じ運輸業で、似た問題を抱える。双方に関わる人もいて意見を交わす中で、経済を支える運輸業の本丸でも、新しい改革の流れが必要だと思うようになった。トラック協会、国交省、トラック輸送に詳しい学識経験者との意見交換は4、5年前から行っていた。
 ――新しい改革の流れとは。
 藤井 小泉純一郎元首相と経済学者・竹中平蔵氏のタッグに象徴される、新自由主義経済がまん延する社会に警鐘を鳴らすことだ。トラック業界に限らず、国内の多くの産業は、経済自由化=善という間違ったイデオロギーの被害者、あるいは多国籍企業を中心とした大企業の犠牲者と言ってもいい。だが状況はいくらでも変えられる。
 ――経済自由化と言えば、平成2年施行の物流二法による規制緩和がトラック業界の分岐点になった。
 藤井 規制緩和ではなく、適正化していくことが重要だ。行き過ぎた規制緩和が公益を毀損(きそん)することは数学的・ゲーム理論的に証明されている。だからこそ、規制緩和の流れの中で、私の学術的知見を、運輸をはじめとして取り入れるべきということで、私が国のタクシーの委員にも選定された。

あるべき対価を受け取ろう
 ――約款改正は画期的だった半面、改正1年余りで新約款への移行社数は6割程度にとどまる。
 藤井 旧約款でも困らない、十分な収入を得ているならそれでも構わない。ただ、不当に安く買いたたかれているのに、面倒だと言って新約款を選ばないのであれば、自己責任。運送企業が運送以外のコストを収受できていないのは、あるべき対価を受け取れていないということ。新約款が企業、ひいては業界の利益になることを理解してほしい。いまからでも移行することはできる。
 ――新約款の移行率には地域差もある。
 藤井 運輸局やトラック協会による周知、広報活動も地域に差があるということだろう。改正した内容をどう業界に浸透させていくか。怠慢が移行率の低さに現れる可能性は十分にある。きちんと新約款のメリットを運送企業に伝えてもらいたい。

多くの収入得る文化を

 ――トラック業界ではドライバー不足が深刻化している。
 藤井 賃金が安いからドライバーの確保が難しくなる。人手が足りないのなら賃金を上げる。かつて大型ドライバーは全産業平均より高い賃金を得ていた。新約款を使って収入を増やし、人材確保の原資に充てればいい。
 ――一方で残業の上限規制が法制化され給与水準の低下につながることから、ドライバーが他業者などに流出する問題も起きている。
 藤井 そうした状況下で一番重要なことは、安い運賃・料金しか支払わない荷主の荷物を運んではいけないということ。運送企業が荷主を選ぶ。そして、より高い運賃・料金を支払う荷主と取引すべきだ。
 ――そうすることで価格水準を適正化できる。
 藤井 労働の対価に見合わないような薄利多売を行う企業があればあるほど、需給バランスで価格が決まるメカニズムが働かなくなる。業界のキャンペーンとして、安い対価しか支払わない荷主の荷物は運ばないよう辛抱してみるのはどうか。ぜひ、荷主と取引を切る勇気を持ってほしい。
 ――中小零細企業は厳しい。
 藤井 背に腹は代えられないのはわかる。とはいえ、ドライバー不足で仕事を請け負えない運送企業も出てきているはずだ。長年の付き合いであっても決断してほしい。高い運賃・料金を支払う荷主を優遇する。そうした文化をつくってもらいたい。私は運賃の適正化を法制化で導くことができれば、一番適切だと思っている。

社会のために政府も後押し

 ――昨年12月、改正貨物自動車運送事業法が成立し、標準的な運賃を国土交通大臣が告示できる制度の導入も盛り込まれた。
 藤井 国交大臣による標準的な運賃告示は、法改正の基本的な考え方の中に付則で明記された。具体的に検討を進め、標準的な運賃の基準となるような数値を公表する義務が、政府にはある。
 ――過去にも運賃の認可制度があった。
 藤井 仮に認可制度でなくても、公的機関が公表する標準的な運賃制度が、一つの参考数値として運賃の交渉材料になれば、認可制度に準ずるような運賃適正化につながると考える。
 ――引き続きトラック業界のために頑張ってほしい。
 藤井 世界の流れから言えば、虐げられてきた労働者、業界の人々が世の中を変えようとしている。欧州では「黄色いベスト運動」が起こり、米国ですら多国籍企業優遇主義に対する反乱という形でトランプ大統領が成立している。日本も動くべきだ。私はタクシー、バス、トラック、建設、農業といった業界で適正なルールを構築するための努力をしている。諦めてはいけない。業界のことを一番分かっている人たちが、業界の仕組みを変えていく。政府は後押しするはず。社会全体のためになるのだから。