インタビュー

【 特別インタビュー 】
手間と無駄は似て非なるもの 効率の中で「不便益」を再考

2018年03月20日
京都大学デザイン学ユニット 川上 浩司 特定教授
京都大学デザイン学ユニットの川上浩司特定教授が提唱する「不便益」は、不便さがもたらす利益。利便性を追い求めてきた現代社会に一石を投じる研究テーマだ。「ただ無駄な不便ではなく、手間を掛ける不便にこそ価値がある」。独創的な発想は「素数ものさし」「たどった道が消えるカーナビ」へとつながった。「リアリティーを与えてくれる点で物流も同じ」と川上特定教授。あえて不便に着目することで、物流の未来を探ってみた。
約20年前、研究に着手
――研究テーマの「不便益」とは一体、何か。
川上 利便性を追求する一方で見過ごしてしまう効用、不便だからこそ得られる効用を指す。機械などのシステムをデザインする研究に取り組んでいる。
――きっかけは。
川上 恩師の片井修京都大学教授(現・名誉教授)が約20年前、「不便益」を提唱した。恩師は当時、工学研究科から情報研究科に移籍。効率ばかり追求する工学的システム研究を離れ、真逆に見える〝不便の良さ〟の研究に着手した。その時、私が京大に助教授として戻ってきた。
――新しいテーマを聞いた時の反応は。
川上 ゼミの新年度初日で、新4年生と共にあぜんとした。恩師との出会いは約30年前。第2次AI(人工知能)ブームの真っただ中で、AIの研究に突き進むものとばかり思っていた。
社員の士気と品質 向上
――生産方式を例に面白い発表を行った。
川上 工学系の学会で不便益を発表したのは、研究を開始して4~5年後。不便益を説明する代表的な事例の一つが生産システムに関するものだった。当時、従来のライン生産方式からセル生産方式に変更するメーカーが出始めた。ラインで従事する作業員が行うのは、数点の部品の組み立てで、技量はあまり求められない。一方、セルでは1人の作業員が受け持つ作業は広範囲に及び、高いスキルが求められる。
――果たしてどんなメリットが。
川上 大量生産に適したライン生産方式からセル生産方式に変えることは不便に当たる。だが、現場作業員のスキルが高まり、モチベーションも上がる好循環が生まれた。不便でも効果があると実証された例だ。
――不便ならではの意義が。
川上 便利さとは、中間部分をすっ飛ばすこと。例えば海外旅行をする場合、漫画「ドラえもん」の道具「どこでもドア」があれば、便利そのもの。現実では、飛行機やバスでルートをたどらなければならない不便がある。また、勉強することも手間で不便を伴う。単語を覚える作業がその典型だが、移動も勉強も自分自身が変化する、つまり自らにリアリティーを与える作業と言える。
昔に戻るわけではない
――もう少し詳しく。
川上 不便の本質は、手間が掛かる、自分で考えなければならない点だ。例えば、中間をすっ飛ばせず連続をたどる手間は不便。だが、この不便によって、気付きや比較が得られる。このように、不便だからこそ得られる益があり、新たなデザインに取り込みたい。その意味で、単なる懐古主義とは違う。
――「手間は無駄」という考え方もある。
川上 「無駄な無駄」と「無駄じゃない無駄」がある。手間を掛けても意味がないのは本当の無駄だ。逆に、無駄ではないのが手間。戦後直後、手間を掛けることが重要視された。現代社会では、手間を掛けることに無駄が多いといわれるが、手間と無駄は同じではない。手間を掛けることが意義を持つような仕組みをつくりたいと願っている。
――物流の〝無駄〟をどう見る。
川上 サービスが手間なのか、無駄なのか、見極めなければならない。一般的に見ても、荷受けの待機時間は無駄だ。ドライバーが何の手間も掛けさせてもらえず、ひたすら待つことは不便益の観点からも無駄な無駄と言わざるを得ない。同様に、時間帯指定のサービスも、運送会社にとっては手間だが、その手間が益を生まなければ不便益とは言えない。単に荷物が一律に早く届くサービスには疑問を持っている。
――早さや利便性だけが価値ではない。
川上 懐古主義ではないが、以前は洋書を注文すれば、日本まで船便で運ばれ何週間も要した。だが不思議と荷物が届くまでの間は苦痛ではなく、わくわくして楽しみで待ち遠しささえ抱いていた。届いた時の喜びはひとしおだった。消費者が待つこと(=不便)に、価値(=益)を見いだせるかどうかだ。待つことの中にある楽しさや、荷物を送ってくれた相手の気持ちを思えば、届くことの価値は上がるはず。年単位で待つ商品が届くことの楽しみもある。
物流はリアリティー与える
――物流業界にエールを。
川上 モノが流れることは、リアリティーを与えることだ。全て電子社会の中で終わってしまうとリアリティーがない。自宅で仕事することも同じ。会社に集い、顔を合わせるというヒトの流れはリアルの世界。バーチャル世界の割合が増す中、物流は私たちの社会にリアリティーを与えてくれる不可欠な存在。リアリティーを与えてくれる点は、不便益が目指す方向と同一と言える。
記者席 「気付き」の大切さ
京都大学構内の生協で京大グッズの一つとして平成25年から販売されている「素数ものさし」。目盛は素数のみ。税込み577円と偶然か、こちらも素数でそろえている。京大の入学試験では伝統的に素数の問題が出題される。ものさしは理工系の学生には人気だという。
記者は発売当初に友人が所持し、出会っていた。ユニークで、使い勝手が悪く、不便で、どんな人物が発想したんだと盛り上がった記憶がよみがえった。
川上氏の表情は実に柔和だったのが印象的。不便を感じるとついつい眉間にしわを寄せ、難しい顔をしたくなる。だが川上氏は、まず不便に気付く着眼点が必要と説く。益を生み出す不便は〝おいしい〟存在。難しい顔をする必要はない、と。
利便性を追求し、日々最新のシステムが導入される現代社会だが、何か置き忘れたものはないか。「不便益とはリアリティー」。胸にちくりと刺さる一言だった。